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婚約破棄
オルマイヤー国王が主催する舞踏会で、その事件は起こった。
第一王子であるトーマスがホールの中央に進み出るとこんなことを言い出したのだ。
「ソフィア、君はとんでもないことをしてくれたんだな」
ソフィアとは、私の名前である。
トーマス王子の婚約者である私は、王子の突然の言葉に驚くしかなかった。
「ソフィア、そんなところに隠れていないで私の前に出てこい」
トーマス王子は私をじっと睨みつけ、厳しい口調で声を荒げる。
私は言われるがまま、王子の前に進み出た。いつもなら王子の婚約者である私は、王子の横に並んで立つのだが、今日に限っては彼と顔を向かい合わせ、対峙した場所にいる。
いったい何があったのだろうか?
声の調子から、明らかに王子は私に対し良からぬ感情を持っている。良からぬどころか、怒り狂っているようにも見える。
ただ、私は王子のことをよく知っている。曲がりなりにもこの三ヶ月、婚約者として側にいた身である。王子は、頭の回転は早いのだが、決して人格者とは言えない人物である。特に、人の不幸に対して極度に喜ぶところがあり、その権力を振りかざし、多くの人を陥れては影で笑っているようなところがある。
気に入らない人物がいると、皆の前でこうして激しく怒っているような演技を見せるのも、お手の物である。それが王子のいつものやり方だった。
そして今、どうもその攻撃目標が私に向けられているようだった。
「スタンメリー公爵家令嬢のソフィアに告ぐ、お前との婚約はこの瞬間をもって破棄させてもらう」
トーマス王子の言葉で、舞踏会に出席していた貴族たちがどよめき、皆の視線が私に集中した。
私は「婚約破棄」という厳しい言葉を投げつけられ、愕然とした。けれど、薄っすらとだが、いつかはこんな日が来ると予想していた。
なぜなら婚約してからの三ヶ月、王子は全く私に話しかけてこなかったからだ。会話はわずかに、私からの言葉に返事をするのみで、王子から私に話しかけてくることは一切なかったのだ。
「この女は、父であるオルマイヤー国王を騙して私に近づき、このスタインリー王国を乗っ取ろうとしているとんでもない魔女だ」
王子は人差し指を私に向けて声を荒げた。
「ど、どういうことでしょうか」
あまりに予想外の言葉に私は絶句した。
王子は、私がオルマイヤー国王を騙したと言っている。私にはその言葉に心当たりがまったくない。
私は、オルマイヤー国王を助けたあの夜のことを思い出した。
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