青年

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青年

 三ヶ月前のことだ。その日は今日と同じように国王主催の舞踏会が開かれていた。舞踏会が佳境に入ったころ、事件は起こったのだ。ワインを手にしたオルマイヤー国王が、急にワイングラスを床に落としたかと思えば、口から泡を吹き悶絶し始めたのだった。  場内は騒然とし、誰もが慌てふためいている中、私は本能的に立ち上がり国王のもとに駆け寄った。 「あなたは?」  国王に近づこうとする私に、従者がたずねてきた。 「ソフィアと申します。救命魔導師の資格を持っています」  従者は私の言葉を聞き、どう対応したらいいのか迷っている様子だったが、ことは一刻を争うと思った私はそのまま従者の腕をくぐり抜け、倒れている国王の横にひざまずくとその手をギュッと握ったのだった。 「オルマイヤー国王、お気を確かに!」  私はそう声をかけながら、急いで回復魔法を施した。  粒子のような白色の光が、私の手を伝い、国王の身体に流れ込んでいく。  おそらく、毒にやられているんだわ。  そう予想した私は、解毒魔法を強化した。  今にして思えば、宮廷医師団でもない私が、しゃしゃり出て国王に回復魔法を行うなんてとんでもない事だ。一歩間違い、国王が死のうものなら、私もその責任を負わされることになったかもしれない。  しかし、そんなことを考えている余裕はなかった。  救命魔道士の資格を持つ私が、何もしないわけにはいかないという使命感で、無意識に体が動いていたのだった。  気を集中させ、私は解毒を強化した回復魔法をかけつづけた。ただ、回復魔法というものは、私たち魔法使いにとって、急激に魔力を消費してしまう危険な術でもある。あまり長時間かけ続けると、こちらの命まで危うくなるような魔法だった。救命を行うには、自分の命を落とさない術を習得している必要があり、そのためにも「救命魔道士」という資格が存在しているのである。  結構強い毒をもられているのかもしれない。  そう思った私は、なかなか目を覚まさない国王を見ながら魔力を強化した。これ以上超えてはいけないぎりぎりの線で行っていたつもりだが、少し限界を超えてしまったのかもしれない。  すうっと目の前が真っ暗になり、その後の記憶が無くなってしまった。  気がつくと、私は王宮の一室にあるベッドで横になっていた。 「私、どうしたのかしら」  目を開け、そうつぶやいてみると、一人の男性が私の視界に現れた。 「やあ、目が覚めたんだね」  男性は整った笑顔を私に向けてきた。 「あなたは?」 「私は宮廷医師団のバイロンスターというものです」 「バイロンスターさん……」  年の頃は私と同じくらいだろうか。医師団を示す白色の制服に身を包んでいる。くっきりとした目が輝いており、俳優としても充分に生きていけそうなほどの男前である。 「眠っている間に、君のことは調べさせてもらったよ。救命魔道士のソフィアさんだね」  バイロンスターが「救命魔道士」という言葉を使ったことで、記憶がよみがえってきた。私は国王を助けようとして、自分の魔力の限界を超えてしまい、その場に倒れてしまったのだ。 「国王は、オルマイヤー国王は無事だったんですか?」 「うん、無事に意識を取り戻された」  バイロンスターは言葉を続けた。 「ソフィア、君のおかげだよ。君の勇気ある行動が国王を救ったんだ。一刻を争う時に、君の正確な判断がなかったら、国王はきっとお亡くなりになっていただろう」 「そうですか、よかった」 「それにしても、よくあの状況で毒が原因だと判断できたね」  そう言った時のバイロンスターの目が鋭く光った気がした。 「ええ。毒の症状は分かりにくいと聞いていたので、日頃から文献でいろいろ調べていたんです。でも最後は自分の勘で解毒魔法をかけました」 「最後は勘か。その勘が見事に当たり、国王の命を救ったというわけなんだね」  バイロンスターはそうつぶやくとニッコリと笑った。魅力的な明るい笑顔だった。 「ソフィア、ここでしばらく休み、君の魔力と体力がちゃんと回復したら、またいろいろとたずねたいことがあるのだが、いいかな」 「ええ、もちろん構いません」  バイロンスターはしばらく私を一人にして休ませると、言葉通り再び部屋に姿を現し、いろいろなことを質問してきた。ただ、その内容はどうでもいいような世間話が主だった。男前の青年と二人っきりで話をするのは嫌じゃなかったけど、会話の目的を知りたくて聞いてみた。 「あなたは、なぜ私から話を聞こうとされているのですか?」  バイロンスターは真面目な顔で答えた。 「国王を暗殺しようと企んでいる人間がいる。それを僕は調べているのさ」 「王宮医師団のあなたが、そんなことまで調べているの?」 「僕も一応は魔法使いの端くれだ。今回の毒は魔法薬の一種だとわかったんだ。なので魔法使いでもある僕が事件を調べる任務を負ったのさ」 「魔法薬……」 「で、ソフィアは魔法薬にも詳しいのかい?」  その質問でやっと分かった。  私……。 「私、容疑者のひとりなんですか?」 「いや、あくまで関係者全員に話を聞いているだけのことだよ」 「でも、私、決して国王に魔法薬など盛っていません」 「うん、わかっている。ソフィアと話していて、君が事件には関係がないことはよくわかった。なので安心してくれていいよ」 「そう、その言葉でホッとしました」 「君を不快な思いにさせてしまったね」  バイロンスターは申し訳無さそうに頭を下げた。 「では、私は無罪放免で、もう家に帰ってもいいのですね」 「ああ、ただ、家に帰るのはちょっと待ってほしいんだ」 「どうしてですか?」 「国王が、オルマイヤー国王が君に会いたいと言っているんだ」 「国王が、私に?」  そうして私は国王と面会することになったのである。  国王は私と会うと、たいそう私のことが気に入った様子だった。そしてこともあろうか、自分の息子である第一王子のトーマスと婚約を結ぶようにと王命を下したのだ。  正直、トーマス王子とは直接話したこともないため、こんな婚約は即刻お断りしたかったのだが、王命ともなればそうはいかなかった。王命を破れば、自分一人が罰せられるだけでは済まない。家族にまで迷惑がかかる問題になってしまう。そのため、私は不承不承で、その婚約話を受けるしかなかったのだった。
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