代商

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

代商

『言い訳代行』  教科書体でかっちりと書かれたその幟は、南風に吹かれてひらひらと踊っていた。その下には、冗談じゃないかと疑うほどに幼い男の子が座っている。見ようによっては小学校未満の顔立ちに思えるその子は、無表情に幟を掲げ、行き交う人々をじっとりと眺めていた。 「ねえ」 「はい」  ランドセルを背負った小学校6年生くらいの少年が男の子に声を掛けると、男の子は意外にもすんなり返事をした。少年は幼い男の子が話を聞いていないと思っていたので、はっきりと答えたことに驚かされた。 「お客様ですか?」 「いや、えーっと」 「……」  男の子の目つきが心なしか厳しくなった気がした。好奇心と勢いで話し掛けた少年は、必死に誤魔化そうとする。 「そ、そうだよっ、お客だよ!」 「どんな言い訳をご所望でしょうか」 「ごしょもう……?」 「どんな言い訳を考えてほしいの」 「! そっか。えっと、どんなのでもいいの?」 「勿論。どんな人でも、どんな年齢でも、どんな内容でも、完璧に対応して差し上げます」 「おおー!」  少年は目をきらきらとさせて考えた。そして大事な事を思い出す。 「……あ、そうだ。あのね、今日、算数のテストが返ってきてね、十点だったんだ」 「……」  男の子は黙って耳を傾けている。 「次点数が悪かったら塾に行かせるからって、この前お母さんに言われてて。だから、何とか塾に行かなくていいようにお母さんを説得できない?」 「お母さんに、テストが上手くいかなかった言い訳ですね」 「そう」 「承りました」  男の子が大きく頷くのを見て、少年がほっとしたように顔を輝かせる。 「本当!?」 「はい。誠心誠意対応します」 「それで、これからどうすればいいの?」 「何も」 「え?」 「君はこのまま、真っ直ぐ帰ったらいいんです。そうしたら、今の言い訳が通じてお母さんに怒られないから」 「何も言わなくてもいいの?」 「ボクが代行しますから」 「そうなんだ……。じゃあ、お金は?」 「……君は、いいよ。また今度で」 「えっ、いいの!?」 「うん」 「ありがとう!! またお願いするね!」 「ご利用ありがとうございました」  店主の男の子がぺこりとお辞儀をする。少年は嬉しそうに、ランドセルの蓋をぱたぱた鳴らして走っていった。  ◇◇◇◇ 「ただいまー」  少年が家に帰ると、リビングの方から話し声が聞こえてきた。母親と父親のようだ。 (なんで、お父さんがこんな時間に?)  不思議に思いながら耳を澄ます。 「もう、これ以上悪くなったらどうすればいいのかしら……」 (え、僕のテストのこと? 言い訳が通じてるんじゃないの?) 「大丈夫だよ、まだ可能性はあるって、先生も言っていただろう」 (お父さんが止めてくれるってことかな)  話の続きが気になり、少年はリビングに入らないまま廊下の壁に張り付いた。 「でも、手の施しようがないって」 「それでも信じるしかないじゃないか」 「思う存分勉強して、立派になってほしかったのに……!!」  母親が泣き崩れる。 「どうして、どうしてあの子が事故なんて……!!」 (……!?)  母親の言葉を聞いて、少年は凍り付く。自分は事故になんて遭っていないのに、と。 「もう学校も随分お休みしてるし、骨折の具合も全然良くならないし……どうすれば……」  戸惑う少年の脚に、ズキン、と唐突に激痛が走る。気が付けば、少年は松葉杖をつき、頭と脚に包帯を巻いていた。 「痛っ……!?」  立っていられなくなった少年は、派手に廊下の床に倒れ込む。物音に気付いた両親が、ばたばたとリビングから走り出てきた。 「ちょっと、部屋で大人しくしてないと駄目でしょう。まだ無理して歩いたらいけないって先生も言ってたんだから」 「そうだぞ、ちゃんと安静にして怪我を治さないと、いつまでも学校に行けないんだよ」  二人にやんわりと叱られながら、少年はぐるぐる考えた。 (違う、僕は事故なんてあってない……!! 言い訳って……事故で学校に行けないからテストも受けてないってこと……!? こんなの違う……!!)  少年はそのまま、自室へと父親に抱き抱えられていった。  ◇◇◇◇ 『言い訳代行』  怪しい幟の下で、幼い男の子はやはり無表情に店番をしていた。だがどこか、満足げな表情にも見える。 「あの」  可愛らしい女子高生が、男の子に声を掛ける。 「はい、どんな言い訳をご所望でしょう」  男の子は丁寧に、お辞儀をした。  新しい依頼の始まりだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!