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「座ります?」
立ったままの彼女を、向かいの席へ促した。ところが、彼女は根っこを生やしているみたいにその場に立ち続けている。僕は頭を掻いた。
「ケーキ、ひとりじゃ食べきれないんで……まぁ、夢だから残してもいいかもしれないですけど、せっかくですし」
結果よく分からない促し方になったが、最終的に、彼女は会釈をして僕の向かいに座ってきた。
それからしばらく、沈黙の時間が続いた。向かいでは、彼女がケーキの皿のあたりを見て黙り込んでいる。
困った僕は、また窓の外を眺めた。
桜の花びらが落ちるスピードは、先ほどとあまり変わりない。そのままぼんやり眺めていると、わずかに開いた窓の隙間から、春の風が桜の花びらをひとつ運んできた。
僕はコーヒーカップのすぐそばに落ちた花びらを拾って、自分の手のひらに乗せた。花びらは思ったより薄くて、慎重に扱わないと破れてしまいそうなくらい脆かった。
「1ヶ月後に20歳の誕生日を控えてました」
桜の花びらの乗った手のひらを見つめながら、僕はゆっくりと話し始めた。
「住んでいたところはすごく田舎で、本当に何もないところで……それが嫌だったから、大学進学と同時に東京に出てきたんですけど、そこからはロクに実家へ帰らず」
それからそっと指を折り、舞い降りてきた桜の花びらを、自分の手のひらに閉じ込めた。
「帰りたくても帰れない日がくるなんて、あのときは夢にも思ってませんでした」
そう言って、手のひらを開くと、桜の花びらはふたたび風に攫われ、外の世界へと舞い上がっていった。
正面を向くと、彼女が窓の外を見ている。どうやら桜の花びらの行方を目で追っているようだ。視線はずっと、遠くの方を眺めていた。
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