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目覚めたのは、自室のベッドの上だった。覚醒しきらないまま薄っすらと目を開くと、目の前には恋人である大東祐希がスヤスヤと寝息を立てて眠っている。起こさないようにそっと腕を伸ばし、ベッドの隣に置いてあるテーブルの上にあるスマホを手に取った。
画面をタップすると、2023年3月1日と表示されている。二人が喧嘩をする一週間前だ。
この日、俺は会社の同僚と訳あって食事へ行くことになった。そこにまさか変な企みがあるなんて思ってもいなかったわけだけど――。
「おい、佐木。急なんだけどさ、夜空いてる?」
「空いてない」
あの日と同じように声をかけられたけれど、洸平は即答した。それどころか、終業を知らせるベルが鳴ると同時に、「お疲れさまでした」と挨拶をして会社を飛び出した。
急げ、急げ、急げ――逸る気持ちを抑えながら、とにかく家路を急ぐ。
もうすぐ家だ――というところで、とりあえず一呼吸置くために、立ち止まると大きく深呼吸した。
きっと大丈夫――そう言い聞かせながら、祐希の待っているであろう家のドアノブへと手を掛けてドアを静かに引いた。
玄関の扉を開けた瞬間に、美味しそうな匂いが鼻を擽る。この匂いが、自分の大好きな煮込みハンバーグであることに、嬉しさが込み上げてくる。
あの日、帰った時にはすでに全て片付けられていて、この作りかけの漂う空気に出会うことはなかったから。
リビングまでの真っ直ぐなフローリングを歩いていき、ドアをそっと開けると、キッチンで夕食の支度をしている祐希の姿を見つけた。
ゆっくりと近づいていき、真剣な祐希を後ろからふわりと包み込む。
「ただいま」
「洸平……おかえり。早かったね」
「今日は定時で帰れたから」
「そうなんだ。もう少しかかるから、先にお風呂入っておいでよ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「うん」
抱きしめた腕に祐希の手がトントンとあやすように当てられて、ホッと息を呑んだ。
言われるまま腕をほどき浴室へ向かうと、シャワーを頭から浴びる。
死んでしまったことをなかったことに出来るなら――と、そんな都合のいいことを考えても、きっとそれは変わらない。
だったらせめて、笑顔でいられるように最後の日を迎えたい――そう思った。
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