親友

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「咲空が……。でも……、咲空も同じ事してたのなら、私、謝らないよ」 「どういう事?」  今度は私が驚く番だった。 「……卒業間際に、龍司(りゅうじ)から咲空の事が好きだって打ち明けられたの。龍司だけは私の事わかってくれてる、って思ってたのに……。龍司も他の人と同じ、私の事をただの尻軽女としか思ってなかったの……」  龍司は友斗の古くからの友人で、良く桜と4人で遊んだりしていた。  でも、私はその頃友斗の事しか見えてなかったし、頻繁に男を変える彼女の本当の気持ちなんて考えた事もなかった。 「だから私ね、に龍司に伝えたの。咲空は『友達以上には思えない』って言ってたって」 「そう、……なんだ」 「私、この事が、ずーっとずーっと気になってて。いつか咲空に会ったら謝らなくちゃ、って思ってたの」  マイペースな彼女(さくら)はさっきと違う事を言う。 「咲空は何を言われても、いつもそうやって落ち着いてて……。頭の中グルグルしてたのなんて、私だけだったんだ、って。……咲空のそういう大人なとこ、大嫌いだった」 「そう」  私は少女のように振る舞う桜が眩しかった。 「私と違って、クールで、簡単に自分の気持ちを表に出さない咲空にムカついてた」 「そっか」  私はいつも自分の気持ちに正直に行動できる桜が羨ましかった。 「私が頑張っても手に入らないもの、最初から全部もってる咲空が妬ましかった。……でも」  私にはないものを全てもってる、自分とは正反対な親友(さくら)が大嫌いで、そして……。  桜は私の方をきっと睨みつけてから続ける。 「私はそんな咲空に憧れてた。咲空みたいになりたくて。でもいくら頑張ってもなれなくて……。だから、ちょっと意地悪しちゃった」 「うん。わかってた」 「だからそういうとこが嫌いなんだってば」 「うん。私も桜のそういうところが嫌いだった。でも……、大好きだった」  小さくてふわふわしていて可愛いくて。  そして、ちょっとズルくて……。  でも、その大きな目で見つめられると、ふわりと花のように微笑まれると、許してしまう。  周りの目を気にせず自由奔放に振る舞う桜は女の私から見ても魅力的で、惹きつけられた。  何ものにもとらわれず、思いのままに生きている彼女にたまらなく憧れた。  そんな彼女からと言われるのが、誇らしかった。  大好きで、そして大嫌いな古い友。  そんな青臭い想いなんて、私のついた嘘と一緒に田舎に置いてきたと思っていたのに……。 「さらっとそういう事言えちゃう咲空が嫌いなんだってば……」  瞬間、頬に桜の柔らかい髪が触れる。  昔と違ってナチュラルなダークブラウン。  でも、こっちの方が色白の桜には似合っていると思う。 「……ごめん」  そう小さく呟いた桜の声は僅かに震えている気がした。  でも、クールな私は涙なんて流さない。 「謝らないって言ってなかったっけ?」 「だって、私嘘つきだもん」 「じゃあ、私もごめんね」 「なんか上から目線」  私はふふっと笑う。 「とりあえず、もう高校生じゃないんだから、人前でハグは恥ずかしいな」  私がそう言うと、桜はゆっくりと体を起こした。  ふわりと鼻をくすぐるのは、シャンプーだろうか、控えめな柑橘系の香りだ。  背伸びをやめた桜は、なんだか少しだけ大人びて見えた。 「……私、今幸せなんだ」  桜はそう言って、ベビーカーの上でスヤスヤと眠る自分の赤ん坊に目をやった。  彼女に似て色白の頬はもちもちとして柔らかそうだ。  艶々とした桜色の唇の間からは、生えたての可愛らしい前歯が覗いている。 「うん。そうなんだろうな、って思ってた」 「旦那は同い年だし、咲空みたいに立派な会社じゃないからお給料安いけど」 「へえ」  なんか意外。  桜の事だから、大会社の御曹司とか、医者や弁護士をゲットしたのかと思っていた。 「彼の前だと、素の自分でいられるの。彼もそこが良いって言ってくれてるし」 「ノロケですか」 「うん」  桜はその名前の通り、ふわりと微笑んでみせる。 「私も幸せだよ。今度ロンドン支社に異動になるかもしれないんだ」 「うわっ、マウントですか」 「そうそう」  私も笑ってみせる。 「咲空、連絡先教えてよ。友達が仕事でロンドンにいるなんてママ友に自慢できる」 「相変わらずだね」  変わらない彼女の様子に、思わず小さく息が漏れる。  ふと見上げると、特大サイズの「桜のストロベリーラテ」のポスターの中で、淡いピンク色をした花びらが可憐に舞っている。  でも私が知っている親友(さくら)はそんな儚げな存在じゃない。  ——桜の蕾はちょっとやそっとの雨風では散らないらしい——   「桜・咲空(さくらさく)コンビ復活だね」  ちょっとやそっとじゃ散らない逞しい花(さくら)は、そう言って可憐な笑顔を咲かせてみせた。                   〈完〉
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