「メイド服が好きだから」

5/5
前へ
/73ページ
次へ
「本日の実技試験はこれにて終わります。皆の働きぶりをもとに、午後には採用者をお伝えします。本日の働きに感謝し、昼食を用意しておりますので、どうぞお楽しみください」  全員の掃除が終わると、ギルバートは試験の終わりを告げた。  ネイサンに連れられ、志願者たちが廊下を移動していく。  この邸宅には二つの食堂がある。一つは主人であるエヴァンが使用する食堂。もう一つは客人がきた時に使用する、最も広く豪奢な大食堂。  しかし、使用人たちはそのどちらも使うことがない。使用人たちが食堂として使用するのは、使用人の憩いの場として作られた使用人ホールである。  今回志願者たちが利用するのもその使用人ホールになるが、食事は邸宅で抱えているコックが作っている。あくまでも賄いになるため、エヴァンが口にしているような料理にはならないものの、農民であれば普段口にできないような、美味な食事が用意されていた。  リリーを含む他の全員が使用人ホールへと移動したのを見送って、ギルバートは一人、自分の執務室へと向かった。手には、試験中にリリーとネイサンが所見を書き記していた紙がまとめられている。  ギルバートはデスクにつくと、それらの所見の一つ一つを確認して吟味していく。誰を採用するかを考えると、一位はメルラン、二位はロウという結果が浮かび上がって来る。  リリーとネイサンは、メルランよりもロウの働きぶりを高く評価していたが、ギルバートの頭には、やはりメイドとしての採用であれば女を採用するべきだという考えが残っていた。ロウの戦闘力の高さを手放すのは惜しいが、実際のところ、メイドに戦闘力はいらない。  ギルバートは、メルラン採用の旨を発表した上で、再度ロウには兵士団に入団してくれないかと、打診をすることを心に決めた。  そして、彼がしばらく後に執務室を出た時だった。  ギルバートの視界は、二階の廊下を、足音もなく歩く人影を捉えた。すぐに角を曲がって姿を消した者の後を追い、足早に廊下を歩く。  そして辿り着いたのは、先ほどの試験として掃除を行った、客室のある一画であった。僅かに開いている客室の一つを覗き込み、ギルバートは眉を寄せる。  そこには一人、ドレッサーへ向かうようにして、ロウが立っていた。 「このようなところでコソコソと、いったい何をしているのですか」  厳しい声を発すると、ロウはハッとしたような表情で振り向いた。そして、すぐにバツの悪そうな表情を浮かべる。ギルバートは彼の表情に、ひどく落胆した気持ちを覚えた。様子からして、ロウがこの客室に盗みに入ったところであると推察したのだ。  ロウは懐に入れていた、金の装飾がされた小さな手鏡を取り出し、ギルバートへと差し出す。それを受け取りながら、ギルバートは深いため息を漏らした。その手鏡は、間違いなく客室に備え付けられているものである。  しかし、続いたロウの言葉に、ギルバートは目を丸くした。 「見つかる前にこっそり戻そうと思って来たんだが……すまない、メルランが盗んだその時に気づいて、止められたら良かった。どうも俺が廊下に掃除に出た時に盗んだようでな」 「これを、メルランが? あなたはただ、返しに来たのですか」 「そうだ。俺は足音を立てずに歩く術を得ているし、見つからずに返せると思ったんだが、あんたもさすがだな。説得したら彼女も反省していたし、見逃してやってくれねぇか。当然盗みは悪いことだが、ちょっとした出来心で死刑になるのは、あまりにも酷だ」 「当然、盗みで死刑になどはしませんが……」 「そうなのか? 俺のいたセルジア領では、どんな些細なものであっても、領主のものを盗んだら死罪だった。当然、領内のありとあらゆるものは領主のものだから、基本的には盗みをしたら全て死罪だ。いい領主なんだな、エヴァンって奴は」  領主であるエヴァンを呼び捨てにするロウの様子を、ギルバートは改めて正面から見つめる。  もちろん、ロウの今の言葉のすべてが、盗みに入ったところを見咎められて、咄嗟についた嘘である可能性はある。しかし、ギルバートの目には、ロウが嘘をついているようには見えなかった。それに、もしこれが嘘であるならば、あまりにもお粗末だ。メルランに尋ねられたら、すぐに嘘が露呈してしまう。 「ロウ。どうしてあなたのように優秀で誠実な方が、そこまでしてメイドになることにこだわるのですか?」  ギルバートの口からついて出たのは、盗みとは関係のない質問。  ロウもまたギルバートを正面から見つめ返し、一拍置いてから答えた。 「メイド服が好きだから」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加