「名領主でいらっしゃいます」

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「名領主でいらっしゃいます」

 一連のギルバートの話を聞き終えたエヴァンの表情は、実に複雑なものとなっていた。  エヴァンはギルバートに全幅の信頼を置いている。そのギルバートが言うのだから、ロウの強さも、メイドとしての実力も確かなものなのだろうということはわかる。  また、メルランではなくロウを雇うことになった経緯も、納得できるものである。しかし、その当の本人であるロウがメイドを志す理由がメイド服とは、理解の範疇を軽々と超えている。 「ロウはその、変態というやつなのか? 異性装を好む者が存在するという話を、聞いたことがある」  エヴァンの直球の質問に、ギルバートは曖昧に笑う。 「詳しいことはロウ本人とお話になって、気になることをお聞きになった方がよろしいかと思います。今日中に挨拶をさせようとは思っていたのですが……今から、ロウをここに呼んでもよろしいですか?」 「ああ、構わない」  エヴァンの許しを得て、ギルバートはサンルームから庭につながる扉を開けると、庭にいたロウに声をかけた。  メイド服を身に纏ったロウが振り返り、呼ばれるままにサンルームの中へとやってくる。ギルバートに促され、彼はカウチに座るエヴァンのすぐ前に立った。  ロウのペールブルーの澄んだ瞳が、エヴァンを見る。そしてエヴァンもまた、ロウの姿をまじまじと見つめ返した。  成人男性がメイド服を着ている。  しかしながら、短い黒髪には白いフリルのついたヘッドドレスをつけ、黒のワンピースの上にエプロンドレスを身に纏っている彼は、なぜか妙に魅力的だった。  一般的な感覚から言えば、滑稽に見えるはずなのである。この世界の男は、メイド服はおろかスカートを履かないし、履いていたら、それは異様な状態だ。ワンピースの袖のパフスリーブも、男の装いにはない装飾だ。  だが、その全ての違和感を、ロウの恐ろしく端正な顔立ちが帳消しにしている。逆にやや倒錯的な雰囲気が漂い、一度視界に入れてしまえば、つい目を離せなくなるような魅力まで放っていた。 「エヴァン様、こちらが新たにメイドとして召し抱えました、ロウ・レナダです。ロウ、ご主人様にご挨拶を」  ギルバートに促され、今まで一言も声を発していなかったロウが口を開く。 「セルジア領出身のロウ・レナダだ。この邸宅にいる者も、通ってきた町の者も、皆があんたのことを良い領主だって褒めてたよ。この邸宅で働けることになってよかった。よろしくな、主人」  最後に『主人』とついてはいたものの、その主人を『あんた』呼ばわりである。そもそも発された言葉のすべてにおいて主人に対する言葉遣いではないが、そんなロウの態度にも、ギルバートは特に口を挟むことはなかった。ロウの口の悪さは、ギルバートは既に体感していたことであるし、己の主が、言葉遣いごときで腹を立てるような、器の小さい人物ではないことを熟知しているからだ。
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