「彼は男性です」

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 ずらりと並んだ人の列を横目に見ながら、ギルバートは邸宅内の廊下を通り、階段を降りる。今日は完全に解放しているエントランスの扉から外へと出ると、すでに何ごとかを言い争う声が聞こえてきていた。  ギルバートは早足で正門前まで向かった。そこで声を荒げているのは、邸宅の守衛であり、今は門番を務めているダグラスだ。身長二メートルに届くかという大柄な男である。 「いったい何ごとですか」 「これはギルバート様! お騒がせして、たいへん申しわけありません」  ダグラスはギルバートの姿を見ると、元々良い姿勢をいっそう正して、声を張り上げた。 「それはかまいません。説明を」  ギルバートが揉め事の原因を尋ねると、ダグラスよりも先に、彼の前に立っていた青年の方が口を開いた。低く響く良い声だ。 「こいつが通してくれねぇんだよ」  ギルバートは、改めてその声の主を見る。そして一目で、ハッとするほど美しい男だと感じた。  身長は一七四センチあるギルバートより少し高い程度。全体としての体つきは細いが、ラフに着ている白いブラウスの下に引き締まった筋肉を感じるため、華奢な印象はない。  艶やかな短い黒髪に、陶器のようになめらかな乳白色の肌をしている。バランスの良い逆三角形の輪郭のあるべき場所に、それぞれ作りの良い目鼻口のパーツが収まっている。黒く長いまつ毛に縁取られた、ペールブルーの瞳が印象的だった。 「だから、それは!」  再度ダグラスが声を荒げようとするのを軽く手を上げて抑え、ギルバートは青年の方へと向き直った。 「申し訳ございませんが、いかなる事情があろうと、邸宅内への付き添いはご遠慮いただいております。どうか外でお待ちください」 「付き添いじゃない。俺が、面接を受けにきたんだよ」 「なるほど。それでしたら、此度はメイド採用の予定しかございませんので、残念ですがお引き取りください」  青年は数回目をまばたかせ、澄んだ瞳でまっすぐにギルバートを見た。 「わかってる。俺はメイドの面接を受けにきたんだ」  ギルバートは、たっぷり一〇秒動きを止めた。その間、さまざまなことを頭の中で考えていたのだ。そして次に出てきた言葉は、 「大変失礼ですが、あなたの性別は?」  だった。 「男だが?」  即座にあった青年の返事に、ギルバートは安堵の息を漏らす。正面きって男扱いしておいて、実は目の前の者が女だったら紳士たる執事として大失態である。  青年は大変見目麗しい容姿をしているが、女性的なものではない。 「男はメイドにはなれませんでしょう」 「どうして」  ギルバートとしてはごくごく当たり前な正論を述べたはずだったが、再度間髪いれずされた問いかけに、また動きを止める。  どうして、と言われても。 「男の使用人はフットマンになります。今回、フットマンを雇う予定はございませんので」  執事とフットマンの業務は大きく違うが、この領主邸においては、メイドとフットマンの業務内容に大きな違いはない。むしろこの邸宅で仕えるべき主はエヴァンのみのため、性別の一致上、フットマンの方が何かとできることも多い。  フットマンとメイドの一番の違いは、給料の差だ。その者の能力や携わっている業務によって個人差はあるが、平均的にフットマンの給料は、メイドの給料の二倍ほどする。そう豊かではないこの邸宅で、二人目のフットマンを雇う余裕はないのだ。
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