「彼は男性です」

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「だから、俺はメイドになるために面接を受けに来たんだって言ってんだろ」  堂々巡りである。ギルバートは問いかけの方向を変えることにした。 「面接と実技試験の結果、もし万が一あなたを採用することになったとして、メイドとしての給料が支払われるのですよ?」 「それに何か問題でもあるのか? 掲示されていたメイドの募集に、応募者は女に限る、などの条件はなかったはずだが」  そう問い返されると、ギルバートとしても困るところである。再度言葉に詰まったギルバートの様子を見て、今まで黙って二人のやり取りを聞いていたダグラスは、一歩前へと進み出た。 「ええい、いつまでもごちゃごちゃと、ギルバート様を煩わせるな。メイドと言えば女だけの募集に決まっているだろう。さっさと立ち去れ」  ダグラスは青年を強制的にこの場から排除するため、彼の肩に手をやり、強制的に体を押しのけようとした。  と、青年は肩に乗った手を掴み、自身は軽く身を屈める。  そして押される力を利用するようにして、そのままダグラスの体を軽々と投げ飛ばしてしまった。  それは一瞬のできごとであり、実に鮮やかな身のこなしだ。 「なっ……」  ダグラスは長身のうえに日頃から鍛錬に勤しんでいて、全身に鎧のような筋肉を纏っている。そんなダグラスの体が軽々と宙を舞い、そして地面に転ばされたのである。  ギルバートは目の前で起こったできごとに驚いたが、もっとも驚いたのは投げ飛ばされた当の本人であるダグラスだ。しばらく事態が飲み込めずに、地面に背をついたまま目を白黒させていた。 「悪い、咄嗟に投げちまった」  青年は軽い調子で言うと、助け起こそうと手を差し出す。  だが我に返ったダグラスには、そんな青年の言動が、馬鹿にされているようにしか感じられなかった。 「貴様ぁ!」  叫びながら飛び上がるようにして立ち、そのまま青年へと迫る。拳を握り締め、投げ飛ばされたお返しをするべく、鋭く重いパンチを繰り出す。だが、拳が青年にヒットすることはなかった。  彼は完全にダグラスの動きを読んでいるかのように最小限の動きで、右に左にと体を揺らして攻撃を避けている。 「うおおおお」  青年が拳を避けるたび、ダグラスの動きが激しさと勢いを増していく。その顔は興奮で真っ赤に染まっていくが、青年の涼しい表情はいっこうに変わることがない。  ダグラスが渾身の力を込めて腕を振りかぶり、突きを繰り出した瞬間。青年は先ほどのように再度ダグラスの手首を掴み、彼の力を利用して後方へと放り投げる。すると、面白いように巨体がまた宙を舞い、ベシャリと地面に落ちる。 「この野郎!」  ダグラスはへこたれることなく、再度起き上がって青年に詰め寄ろうとするが、ギルバートがすかさず静止の声を上げた。 「もう十分です、おやめなさい、ダグラス。ご婦人たちの前でみっともないですよ」  ダグラスはハッとしたように立ち止まると、周囲を見た。邸宅前に並んでいた女たちの視線は、すべてがこの揉め事へと向いている。 「大変申し訳ございません、ギルバート様」  一瞬で興奮を収めると、ダグラスは深々とギルバートへ頭を下げた。  ギルバートは頷き、そして青年の方へと改めて向き直る。 「あなた、お名前はなんとおっしゃるのでしょうか」 「ロウ・レナダ」  青年の名乗りは短い。だが、その名乗りでもわかることが一つある。それは、彼の出身地だ。  この世界の者は皆、苗字を持っていない。代わりに、名前に続けて出身地を名乗るのが一般的だ。  例えばエヴァンの場合は、ルテスーン領主の息子として生まれたため、過去にはエヴァン・ルテスーンと名乗っていた。  ただエヴァンは領主であるため、一〇年前に法王からこのユレイトという土地の領主に任じられてからは、エヴァン・ユレイトとなっている。  そしてロウが名乗った『レナダ』というのは、ユレイト領内の地名ではない。 「ユレイト領の者ではないのですか?」 「セルジア領にあるレナダ村の出だ」  セルジア領というのは、王都のすぐ隣に位置する、大きな領地である。ちなみに、ユレイト領は国の北端である。 「それは……随分と遠くからいらっしゃったのですね。レナダ村でもその、メイドをされていたのですか?」 「いや、今は特にこれといったものでは働いてないが、元は農民だな」  ロウの返事を聞き、ギルバートは目を剥く。農民は土地に縛られた存在だ。領主の許可なくして、与えられた土地を離れてはならない。目の前の男がもしセルジア領の農民であるならば、ギルバートは彼を拘束してセルジア領に送り返す責務が生じるのだ。  と、ギルバートの動揺を見て思い出したとばかりに、ロウは自身のズボンのポケットから、筒状に丸められた羊皮紙を取り出した。 「ああ、これがいるんだったな。はい、これ」  ギルバートは手渡された羊皮紙を慎重に開く。そこには、ロウ・レナダを土地の制約から解放する旨が記載されていた。セルジア領主のサインと紋章印があることから、証明書の効力は疑いようのないものだ。 「どうしてあなたは、土地の制約から解放されたのですか?」  困惑のままギルバートが問いかけると、ロウはペールブルーの瞳を輝かせながら、悪戯めいた様子で目を細め、軽く言い放つ。 「セルジアの騎士団長に勝ったから」
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