「メイド服が好きだから」

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 まだ朝日ものぼりきっていない、薄暗い早朝。エントランスに集まったのは、九人の女とロウ。特に作業着の支給などはされていないので、全員が昨日と似たり寄ったりの、バラバラの格好をしている。  リリーの厳しい面接を通過した女たちは皆、一様に品がある。内心はどうであれ、彼女たちは、男であるロウが混ざっていることを、あからさまに気にはしていなかった。 「これから実技試験を開始します。まずは洗濯。それから掃除、ベッドメイクをしていただきます」  志願者たちの顔を一人ひとり見つめながら、リリーが説明する。さらに後を継ぐ形で、ギルバートが口を開く。 「これだけははじめに言っておきますが、作業は早い者順に評価が高いというわけではありません。あくまで、働きぶりを見て総合的に評価します。邸宅の中には衣類調度品問わず、貴重な品が多いため、作業は慎重に行なってください」  念を押すギルバートの言葉に、一〇人の志願者たちは「はい」と声を揃えた返事をした。 「よろしい。では、裏庭へ向かいます」  ギルバートは踵を返し、志願者たちを引き連れて、まっすぐに裏庭へと出た。  地面は踏み固められた土で、手押しポンプが設置された井戸があり、物干しロープが幾本も渡っている。ここはあくまで家事を行うための作業場だ。  角の方にはまだ雪の残る裏庭には、ネイサンが志願者たちを待っていた。彼は全員が揃うのを待ってから説明を始める。 「お一人ずつ桶と洗濯板、それから石鹸を用意しました。その前にあるのが、これから皆さんに洗濯していただく洗濯物です。井戸は譲り合ってご利用ください」  ネイサンの言葉通り、井戸を取り囲むようにして一〇個の桶と洗濯板、石鹸のセットが置かれており、その横には、それぞれこんもりと盛られた衣類や寝具が並んでいる。  メイドは主人であるエヴァンの衣類や寝具の洗濯はもちろんのこと、自分自身を含む邸宅に居住する使用人の衣類寝具、邸宅内の備品など、数多くの布製品の洗濯を日常的に行わなければならない。  志願者たちは促されるままに、それぞれ桶の前へと移動する。 「それでは、はじめ」  ギルバートのかけ声を聞き、志願者たちが慌ただしく動き始める。  井戸は一つしかないので、真っ先に井戸をとった者以外は、自分の担当する洗濯物の仕分けから始めていた。  ギルバートとリリー、ネイサンはそれぞれに志願者たちの様子を見て回りながら、手元の手帳に己の所見をメモしていく。  そんな中、ギルバートは全員を公平に見なければと思いながらも、ついロウの動向に注意が向いていた。  この世界では、家事は一般的に女が行うものである。よってギルバートは、ロウが本当にメイドの仕事が行えるのかを訝しんでいた。しかし、洗濯物を仕分けているロウの動きに、戸惑っているような素振りはない。  井戸の使用順が回ってきて、ロウは手押しポンプの前へと向かうと、勢いよく水を汲み始める。単純な肉体労働になるため、水を汲む速さも、当然のことながら他の者たちに比べても早かった。  だが、水を張った桶に洗濯物と共に手を入れた瞬間、ロウの動きがピタリと止まった。  ギルバートは、その理由をすぐに推察することができた。  ここユレイト領は、国の中で最も寒い地域だ。もう冬も終わりかけとはいえ、ユレイト領の厳しい寒さは、セルジア領出身のロウには慣れないものである。  とりわけ、早朝に行われる洗濯は、凍えんばかりの水に手を浸し続け、作業を行わなければならない過酷なものだ。  他の志願者たちは皆、ユレイト領の農民である。彼女たちは、そんな凍える水で行う洗濯にも慣れているため、戸惑う様子もなく作業を進めている。
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