「メイド服が好きだから」

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 ロウはすぐに作業をやめて立ち上がり、ギルバートの元へとやってきた。 「キッチンで湯を沸かしてきて良いか?」 「ええ、かまいませんよ。キッチンは先ほど通ってきた廊下を、すぐ左に入ったところにあります」  許可を出すと、ロウはバケツに水を汲んでキッチンに向かっていった。彼が去ったすぐ後、少し離れたところで様子を見ていたリリーが、ギルバートの横にやってくる。リリーとネイサンには、昨日のことの顛末はすでにすべて共有済みだ。 「ロウさん、水が冷たくてギブアップですか?」 「そのようですね。やはり彼には、メイドの仕事は務まらないようです」 「なんだか残念です。彼がメイドになって一緒に働くことになったら、面白そうだなと思ったんですが」  リリーの言葉に、ギルバートは笑う。 「面白さで雇う者を決めたりはしませんからね」  それから、バケツいっぱいの湯を沸かしてきたロウは洗濯に戻ったが、他の志願者たちと比べ、作業の遅れは明白であった。  朝日の爽やかな裏庭。そこにかけられた物干しロープには、今やさまざまな布製品が干されている。山になっていた洗濯物が、すべて洗い終えられたのだ。  結局、ロウの作業は他の者に比べて少しばかり遅く終わった。  しかしながら、志願者たち一〇人の洗濯作業のすべてをみていたギルバートは、青空にはためく、ひときわ白い衣類に着目した。それらはどれも、ロウが手がけた洗濯ものたちであった。 「皆もちろん綺麗に洗えていますけど、ロウさんの洗濯したものと見比べてしまうと、汚れが落ちきってないのがわかってしまいますね。私がやっても、こんなに綺麗になっていなかった気がします。洗い方が何か違うんでしょうか」  隣にやってきたリリーが言う。  その言葉に頷き、ギルバートは振り向くとロウを呼んだ。志願者たちは皆、今は洗濯用具の片付けをしているところであった。ロウだけが呼び出されたことに、他の志願者たちは皆どこか気にしている様子だが、ロウ本人は平然としている。 「あなたの洗った洗濯物ですが、すべてとても綺麗に汚れが落ちているようです。洗い方に何か秘訣などがあるのですか? ご教授願えるようでしたら、お願いしたいのですが」  ギルバートは包み隠すことなく正面から問いかける。試験を行なっている者の立場で受験者に教えを乞うというのは、そうそうできることではない。ギルバートの性格がよく現れた行動だった。  すると、ロウも渋ることなく口を開く。 「それなら、水温の差が大きいだろう。熱湯は生地が痛むから良くねぇが、暖かいお湯に浸けてから洗った方が、汚れはよく落ちるんだ。湯を作らなきゃならない一手間はかかるが、それだけの価値はある。それにしても、ここの水は冷たすぎるな。あれでは手も思うように動かねぇだろうし、落ちる汚れも落ちんだろうさ」  リリーは手をパンと叩いて感心する。 「なるほど、お湯の方が汚れ自体も落ちやすいんですね。今度からは私もそうやって洗ってみようと思います。辛い仕事も楽になりそうですし、これこそ一石二鳥でしょうか」 「ああ、楽できるところでは楽をしたらいいし、手を抜けるところは抜いたらいい」  ロウの言葉に、ギルバートは目を細める。 「雇われるための審査をしている途中に『手を抜けるところは抜く』とは、なかなか大胆なことを言うものですね」  だが、ロウは気にした様子はなく、ひょいと肩をすくめた。 「仕事っていうのは成果を求められるものであって、無理したり、我慢したりすることが目的じゃねぇだろ。意味のない行為に精を出すのは無能のやることだ。かけなくていい手間はかけないっていうのが、俺の信条でね」 「なるほど、もっともなご意見です」  ギルバートは顔には出さなかったものの、いたく感心した。  物事を行うにあたり、そこにかかった労力や努力ばかりを注視する者は多い。しかし、そうした労力はあくまでも労いの対象や、教育的に考慮されるべきものであり、実際に必要なのは結果だ。  この場合で言えば、キンキンに冷えた水で手を痛めながら洗おうが、お湯でその冷たさを緩和しようが、洗濯物が綺麗になれば方法は何でも構わないのだ。
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