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~帰京~ 伴修将軍、玄京に帰る
蒼天国軍部の将軍、伴修が西方の地から玄京の都に戻って来た。
あの端午節から十年の月日が経つ。伴修は帰京の報告をするべく王府の大広間に来ている。
「泰極王に感謝致しております。この度の西方での任務を終え、妻と娘を連れ都に戻って参りました。泰極王、あなたを愛しています。」
多勢の居る大広間で「愛しています。」と帰京の挨拶をした伴修に、皆は驚いた。
心からの愛の言葉を失った伴修。その身にたった三言残された言葉を使っての精一杯の感謝を伝える挨拶だった。泰極王は、この挨拶を聞き皆を下がらせた。大広間に伴修ら家族だけを残して。
「伴修将軍、長らくの西方での任務、ご苦労でした。お陰様で治水も整い、これから西方の地も安心して民が暮らせるであろう。感謝致す。」
泰極王は、久しぶりに伴修に対面した。
「泰極様、いえ、泰極王。もったいなきお言葉でございます。」
「はははっ。泰極様の方がしっくりくる。よいよい。昔のように呼んでくれ。その方がよい。」
「はっ。感謝致します。」
「ところで、そちらの美しい方と可愛らしい娘子が伴修将軍の・・・」
「はい。私の家族でございます。妻の雅里と娘の紫雲でございます。」
「まぁ、可愛らしい。紫雲ちゃん、おいくつ?」
七杏妃が娘に向かって尋ねると、紫雲は立ち上がって
「三歳になりました。」
とはっきりした声で言った。
その時、泰極王と七杏妃の護符が光り、二人の前にそれぞれの護符の形をした紅白の光霧が現れた。紅白の光霧は、目の前でぴたりと合わさるとぐるぐると回り出し、紫雲を包み込んで消えた。大人たちは驚きのあまり言葉が出ない。
しかし、紫雲はにこにこと笑っている。泰極王と七杏妃は、驚いて言葉を失ったまま顔を見合わせた。
「これ、紫雲。」
慌てた伴修が紫雲を抱き寄せた。
「あぁ、よいよい。伴修。そなたらも楽にしてくれ。さぁ、さぁ。」
正気を取り戻した泰極王が促すと、三人は立ち上がり腰かけた。
「伴修よ都の将軍府はそのまま残してある。すぐに入れるよう整えてあるぞ。これからは、家族三人で将軍府で暮らすと善い。」
「泰極様。感謝致します。では、妻と娘を休ませてやりたいので早速、参らせて頂きます。」
泰極王の言葉を受け伴修が立ち上がる。
「あぁ、ゆっくりと旅の疲れを癒してくれ。だが伴修将軍、そなたには少し話したい事がある。すまぬがもう少し残ってはくれぬか?」
泰極王は、伴修だけを大広間に呼び止めた。
「はっ。かしこまりました。では、妻と娘を先に。」
伴修は、妻と娘を大広間から送り出し、大広間は泰極と七杏妃、伴修の三人だけになった。
「伴修よ。雅里殿は知っているのか? そなたの‘心からの愛の言葉’の事を・・・」
泰極王が聞いた。その横で七杏妃も心配そうな顔をしている。
「泰極様。ご心配感謝致します。後々、私たち二人が苦しい想いをしたり私の想いを誤解される事も避けたかったので、雅里を娶りたいと思った時に先に全てを話しました。そして、それでも添うてくれるならと婚姻を申し込んだのです。」
「そうであったか。ならばよい。ひと安心だ。善かったな、伴修。そなたの心を分かってくれる善き人と巡り逢えて。」
「はい。誠に善き人で、私の最愛の妻にございます。」
伴修は少し顔を紅らめうつむいた。
「まぁ、素敵なお話だこと。お二人の出逢いのお話を、ぜひ聞かせて頂きたいわ。」
「七杏様。それはご容赦ください・・・」
「あら、伴修将軍もそのように照れるのですね。ねぇ、泰様。」
「あぁ、私もそのような顔は初めて見た。よし、一緒に屋敷の方へ参ろう。」
泰極王は立ち上がって、照れたままの伴修を連れて屋敷へ向かった。
屋敷に着くと茶を淹れ、伴修の昔話を聞く準備をした。もじもじと落ち着かぬ様子の伴修も、照れながらぽつぽつと嬉しそうに話し始める。
「西方の任務に就いて五年目の夏に、私は倒れてしまった事がありました。その時に近くの町から来てくれた医者の娘が、雅里だったのです。雅里自身も医術を学んでおり、薬草や鍼の知識も備えておりました。
当時、私は云わば雅里の一人立ちの実験台。彼女の最初の患者となったのです。幸い大事はなく根を詰め過ぎたつけで疲労が溜まり倒れただけでした。難しい病ではなかったのです。ですから彼女の父も雅里に任せたのでしょう。」
「そんな事があったのか・・・ そこまで苦労をさせて申し訳なかった。」
「いえいえ、泰極様。違うのです。私はお二人に報いたかったのです。あの時、私に慈悲をかけてくださったお二人に、恩返しがしたかったのです。」
「まぁ、恩返しだなんて。伴修将軍はやはり心根のまっすぐな方なのですね。泰様。」
「あぁ、七杏の言う通り。将軍の地位を解かずにいて善かった。そのまま残ってくれて善かった。」
「あの事件の後、辰斗王が仰いました。泰極様のたっての希望で、私を将軍に据え置くのだと。その意味をしかと受け止めよと。」
「そうか・・・ 父上がそのような事を・・・ その父上の言葉が重責となったのではないか?」
「いいえ、励みになりました。また正直にまっすぐに生きる決意になりました。ですから雅里にはちゃんと話したのです。」
「すべてですか? 私や泰様の事も? まさか凰扇様の事も?」
七杏妃が泰極王と顔を見合わせて聞くと
「はい。全て話しました。あの時、〈愛しています〉を取り戻して頂いたお二人に感謝致します。お陰で私の愛を雅里に伝えることが出来ました。」
伴修は笑った。泰極王と七杏妃も、ホッとして微笑みあった。
「そういえば雅里は一度、凰扇様に助けて頂いた事があると云っていました。薬草を頂いたと。苦しむ患者のために難しい薬草を探していた時、ある朝目が覚めたら机の上に薬草が置いてあったのだとか・・・」
「ほう。そのような事が。凰扇様は誠に風のような方なのだな。」
その泰極の言葉に七杏は思い出して、
「確かあの時も風が吹き抜けた後に、蓮の葉が三枚落ちていたのよ。その蓮の葉に三言書き込んだのだわ。」
「〈感謝致します〉〈申し訳ございません〉〈愛しています〉」
三人の声が揃った。
一瞬で昔に戻ったような響きが広がり、泰極と七杏の心にある憂いをかき消すようでもあった。
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