桜の下で背をはかる

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 毎年、いろんな話で盛り上がった。学校のこととか、ドラマのこととか。春が来るのが、待ち遠しくてたまらなかった。でも年がたつにつれて、桜は人間だった頃の記憶を少しずつ無くしていくみたいだった。  花が咲き、葉が茂り、紅葉して、落葉して。そうして少しずつ少しずつ、脱ぎ捨てるみたいにして桜は人間だった頃の記憶を薄くしていった。  最近は、僕が昔の話をしても、桜にはピンと来ないことがよくある。 「あれ、そんなことあったっけ?」 「そんなお話だった?本当に?」  誤魔化すみたいに、枝をそわそわと揺らして見せる。そうして桜は、年を追うごとにどんどんなっていく。まるで自分も昔人間だったのが嘘みたいに。  大河ドラマの話よりもヒヨドリが運んでくる話を好むようになった。僕以外の人間の名前もよく忘れるようになった。  いつかきっと、そう遠くない未来に、自分が僕の母ちゃんだったこともきれいさっぱり忘れてしまうのかもしれない。そうなる日が一日でも遠くであるように。今年も僕は祈りを込めて、桜に向かってとっておきのエピソードを披露し続ける。たまに、堪えきれずに涙がポロリと零れることもあるけれど。
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