稔君の誕生日の話

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稔君の誕生日の話

日和は焦っていた。 稔君の誕生日が迫っている。 気が付いてなかったわけじゃない。ただ、何かしたほうがいいのか悪いのか、それがよくわからなかった。 プレゼントするとしても何をあげたらいいのか、皆目見当がつかない。 だからそのままにしておいた。 仕事をしながらデスクの上のカレンダーを見る。 もう来週じゃないか。 稔君が11月生まれってなんだかとても納得できる。 日和はなんとなく、冬生まれの人におしゃれなイメージがあった。 「稔君は左利きですか?」 家族同士で会って食事をしたとき、聞いたことがある。 「いえ違います。なぜです?」 「いやなんとなく」 日和の中では左利きの人もおしゃれなイメージがあったからだ。 『左利きの人はおしゃれだ』→『稔君はおしゃれだから左利きなのではないか?』 そういう勘違いのはずだった。 「そういや小さい頃は左利きだったな」 「そうそう。あなたのおじい様が右利きに矯正させたのよね。横暴な人だったから」 「そうだったかな?」 「ええ、あなたのおじい様で稔のひいおじい様。私はよく覚えてるわ」 「はははは」 同席していた稔君の両親の意外な発言により、日和の「おしゃれな人は左利き説」はある意味証明されたのだった。 そんな回想に浸っても「おしゃれな人には何をプレゼントすればいいのか?」問題は答えを見いだせないままだ。 男性へのプレゼントと言えば、腕時計、靴、バッグ、財布、あとはカフスなどしか思いつかないが稔君はファッション関係の仕事をしていたのだからそのたぐいの物は自分で選びたいだろう。 あとはパソコン、スマホ?どれもちゃんとしたのを使っているようだし、家電は引っ越してきたときにある程度新しいものを買っていた。 商品券?祖父は誕生日の時によくくれたが、さすがにそれは失礼すぎる。 カメラやゴルフや骨董品も興味がなさそうだ、今乗っているベンツも気に入ってるみたいだし。 フィギュアとか集めてるのかな?聞いたことないけど、ハヤトさんに聞いてみようか。 『稔君ってフィギュアとか集めてますか?知っていたら教えてくれますか?』 早速メッセージを送ってみた。よく考えると唐突な質問だが、ほどなく既読がつき返信が来た。 『集めてないと思う。しいて言うなら服かな?どちらかというとミニマリストな印象だけどね。ひょっとして誕生日プレゼントのこと?』 『はい』 『むずかしいね。プロにファッション系のプレゼントはあげられないしね』 『どうしましょう?』 『欲しいものを聞けば?遠慮していりませんっていわれそうだけど』 確かにその通りだ。 じゃあ別にいいか。でも稔君には恩がある、一緒にベッドに入る仲だ。 ちょっとおしゃれな物をプレゼントして、一目置かれたい気もする。 『お世話になってるし、負担にならない程度の物を何かあげたいです』 『偉いね』 『カフスとかどうでしょう?』 『絶対にいらないと思うよ』 絶対まで言われると思わなかった。 『食事がいいんじゃない?蓮君も一緒に美味しいものをごちそうしてあげれば?』 『気まずくないですか?』 『車で行けば?お酒は飲まないで済むし。蓮君が一緒なら夜遅くまでは無理だから早く切り上げられるよ』 なんだか蓮君をダシにしているようで申し訳ないが、とてもいい案だった。 『そうします』 「誕生日は何をしてます?」 「え、誕生日ですか?」 予想外の質問にオウム返しの返事をしてしまって、恥ずかしくなった。『え、誕生日ですか?』だなんて我ながら間抜けな返事だ。 このオウム返しは昔からの癖で、家族にも散々からかわれてきた。もはや気にして無かったが日和さんの前だと気になる。 馬鹿だと思われたくない。 「誕生日当日じゃなくても、蓮君も一緒にみんなで食事とかどうかなって思って」 きよこさんにネットスーパーで頼んでもらった『いくらのしょうゆ漬け』を取りに母屋に来たら、こんな感じで日和さんに不意打ちにあった。 「いつも色々とお世話になってるので」 「え、お世話になってますか?」 ああ、またオウム返し。 「もちろん色々忙しいだろうから、よければ」 「そんなことないですよ。たまにはいいですよね」 上手く断れなかった。断る理由もないか。 「稔くんの行きたいお店があれば、そこにしましょう。蓮くんもいるからお酒は飲めないけど」 「じゃあ僕の家ですき焼きでもしましょう」 3人だけで外食するのは気まずくなりそうで怖い。稔の住む離れはすぐ隣だし、みんな気が楽だろう。 「稔君のお家?迷惑じゃない?」 「大丈夫ですよ。すき焼きは好きですか?しゃぶしゃぶでもいいですね」 焼肉は部屋ににおいが残りそうで、ちょっとイヤだった。 「蓮くん緊張しないかな?」 「別に大丈夫だと思いますけど、じゃあ確認しておきますよ」 「いや僕が聞いておく。お肉とか食材の手配も僕がしておこうか?稔君の誕生日なんだし」 「気を遣ってもらうだけで充分ですよ」 日和さんは心配そうな顔をしてたが、僕がもう一度大丈夫というと頷いた。 「誕生日は日曜日だから、ちょっと早めに5時集合でどうです?」 「わかりました」 「じゃあそれで決まりで」 ご飯を奢るつもりだったのに、稔君の実家に行くことになるとは。 母屋の冷蔵庫の前で佇みながら、日和は考え込んだ。 『僕の家』ということは稔君の実家だよね?稔君のお父さんとお母さんが今住んでるマンションだよね? 稔君の生家は神奈川の少し奥まった場所にある。交通の便があまり良くないので、今はご両親で横浜の高級マンションに移り住んでいる。 ちなみにその生家は黒澤家の跡取り(?)である稔君のお兄さんが贅沢にリフォームして住んでいるようだ。 黒澤家の横浜のマンションには蓮くんはあいさつ程度に2、3度しかお邪魔したことがない。いきなりすき焼きなんて緊張しないかな? もっとも黒澤のご両親とはしょっちゅうお出かけしてるので、人見知りはしないだろうけど。 でも蓮君はまだ子供だし。 心配だな。 それに稔君の誕生日だからご飯を奢るという話だったのに、これではご馳走になるだけじゃないか。 うーんと唸っていると、きよこさんが現れた。 「例の渡り廊下の屋根の修理、業者さんに見積もりしてもらいました」 「ありがとうございます」 渡り廊下は稔君の住んでる離れと、こちら側の母屋を繋いでいる。 今は全く使っていないが、この家に越してきた時に一応直してもらった。それでもどうも調子が悪い様で風が強い日にキシキシと音が鳴る。 「作業は3、4時間で終わるそうですけど、平日のお昼に頼むと年末まで空きがないとおしゃってました」 「年末?そんなに先ですか?」 「この前大嵐があったから、今は忙しいみたいです。他の業者さんにも聞いてみましょうか?」 セキュリティーなども考えるといつもの業者に頼みたいが、また荒天がくるのも心配だし、悩ましいところだ。 「土日は空いてるのかな?」 「どうでしょう?」 「今度の日曜日の夕方なら頼めるかな?僕と蓮くんと稔君で出かける予定だから」 「聞いて見ますね」 稔君の実家に行ってる間に、作業が終われば気が楽だ。 あとは蓮くんにすき焼きの了解を取るだけである。 「蓮くんちょっといい?」 「はい」 夕飯のポトフを食べていた蓮くんはスプーンを置いて、きちんと話を聞く姿勢を見せた。 「今週の日曜日って何か予定あるかな?見たいテレビとかある?」 「何もないです」 「実は稔君の誕生日なんだ。だから黒澤のご実家で食事をしようって話が出てるんだけど、蓮くんはどうかな?」 「神奈川にある旅館みたいなお家ですか?」 蓮はまだ一度も行ったことのない稔の生家のことかと勘違いした。ハヤトさんの話だと、高級リゾートの旅館にしか見えないとてつもなく大きな和風のお屋敷だと言う。 そうだとしたら、ちょっと怖いかも。 「違うよ、横浜のマンションだよ。黒澤のご両親が住んでるお家に車で行く予定なんだけど、どうかな?」 「それなら大丈夫です」 蓮はほっとした。横浜のマンションも高級ホテルみたいだが、3度ほど行ったことがあるし黒澤のお父さんとお母さん(おじいちゃんおばあちゃんとは決して呼ばないように稔さんから言われている)は何度も会っているので気が楽だ。 「すき焼きだけど大丈夫?」 「すき焼きは大好き!」 「なら良かった」 蓮くんがいつになく嬉しそうで、日和も嬉しくなる。 「気まずいこととか、食べられないものがあったら僕に言ってね?」 蓮は頷いた。 横浜のマンションのリビングは大きい窓があってすごく見晴らしがいい。そこで美味しいすき焼きを食べられるなんて。嬉しい。 黒澤のお父さんお母さんは、血がつながってなくても遠い親戚のおじさんおばさんのようで蓮には気楽だった。 日和さんと稔さんの3人だけだったらあまり会話がなかったかもしれないけど、黒澤のお父さん達がいれば安心だ。 「僕も稔さんに何かプレゼントした方がいいかな?」 蓮くんの言葉にいよいよ日和は感動してしまった。 「その気持ちだけですごく喜ぶと思うよ」 日和も蓮もワクワクしていた。 こんなに高そうな肉を買うのは久しぶりだ。 稔は届いたばかりのすき焼きセットの、生々しい牛肉のサシに見惚れた。 結婚当初、もとい1度目の結婚の当初は奮発してすき焼きやしゃぶしゃぶを家でもやったものだ。 外食も大好きだったが、家で音流(ねる)と2人でご飯を食べていると、俺はこの人と結婚したんだなと、恋人以上の関係になれたんだなと特別に幸せな気分になれた。 音流は前妻の名前である。 彼女と別れてまだ1年ちょっとなのに、まさかこんなに早く次の結婚相手と家ですき焼きをやる日が来るとは思ってなかったな。しかも子供も一緒に。 カセットコンロにお鍋や、3人分の食器。炊き立てのご飯も用意して待っていると5時少し前にチャイムが鳴った。 「どうぞ」 玄関を開けると、日和さんと蓮くんが立っている。 2人とも薄手のコート。蓮くんに至ってはマフラーまでしていた。よく見ると日和さんは革靴を履いている。 「なんだか改まった格好ですね」 誕生日の食事会ということでお洒落をしてきてくれたのだろうか? 2人は稔を見て、なんとなく不思議そうな顔をした。 「稔くんも上着くらいは持った方がいいよ。結構寒いし」 「え、上着ですか?」 蓮くんは以前黒澤のご両親に買ってもらったブルーのシャツに、チノパン。紺の薄手のコートも合わせた。 日和は少し高級なブランドのカジュアルなシャツと薄手のジャケット。綺麗めのデニムに黒いコートも持った。 お洒落な人は荷物が少ない印象だが、日和は心配症なので黒のリュックも背負う。 それなりの値段はするリュックだけど、ジャケットに合わせるのって変かな? 妙に緊張しながら稔くんの離れに行った。 光沢のあるグレーのシャツに少し太めのボトム。足元はスリッパである。ふわっとしたシャツに太めのボトムを合わせるなんて日和には一生出来なさそうなお洒落テクニックだったが、それよりもう5時なのにこの格好ということはこのまま出かけるのか。 「稔くんも上着くらいは持った方がいいよ。結構寒いし」 「え、上着ですか?」 「今日は僕の車で行きましょう」 「え、車ですか?」 どうも話が噛み合ってない。 「今日は稔くんの実家ですき焼きをするんですよね?」 「え、僕の実家ですか?」 門の前に白いバンがやってきて停まった。きよこさんが母屋の玄関から出てきて対応している。 「実は今日、屋根の修理を頼んでるんです。業者さんの車が停めちゃうと、僕の車が出しづらくなるから早く出かけましょう」 「え、出かけるんですか?」 蓮くんが心配そうに僕と稔くんを交互に見ている。 「今日は稔くんの実家ですき焼きをいただくんじゃないんですか?」 「違います。僕はこの離れで食べるつもりだったんです」 そんなことを言ってるうちに、業者さんが会釈をしながら庭に入ってきた。 「作業自体は3時間くらいで終わると思いますので、よろしくお願いします」 「はいお願いします」 「え、今から作業するんですか?」 さっきからオウム返しをしてばかりだ。そもそも何でこんな誤解が生まれたのだ。 「稔くんが『僕の家で』って言ったからご実家のことだと思ってました」 「すいません」 確かに稔が住まわせてもらっているこの離れは、自分で買ったものじゃなかった。日和が(おそらく日和のおじいさんが)お金を出して買った家なのだ。 自分が出してるのは光熱費くらいなのに『僕の家』なんて言ったのは確かに図々しかった。 稔が反省していると日和は毅然とした態度で言った。 「ここは僕たち3人で住んでる、『僕たちの家』でしょう?」 蓮くんが日和さんの後ろで少し驚いた顔をした、そのあと少しだけ恥ずかしそうなそぶりを見せた。 『僕たち3人の家』 自然にそう言った日和さんはいつもよりずっとしっかりして見える。 そうかここはみんなの家なのか。稔は嬉しいような恥ずかしいような気持になった。 「とりあえず、夕食はどうしようか?」 「今から家に来たい?それは無理よ」 実家に電話したら案の定、母さんに速攻で断られた。 「なんかうるさいわね、外から電話してるの?」 「屋根の修理だよ。今日は俺の誕生日だよ母さん。覚えてた?」 「もちろんじゃない。」 「だったら行ってもいいだろ?日和さんと蓮くんもいるから何か食べさせてくれないかな?」 「それは尚更むりよ。何も用意してないし」 「出前のお寿司でもいいから」 「無理なのよ」 「なんで?誕生日くらい頼みを聞いてくれてもいいじゃない」 「今、兵庫の宝塚ホテルにいるの。これからお父さんと宝塚を観に行くのよ」 「俺の誕生日、忘れてたでしょ?」 「そんなことないわよ」 ため息と共に電話を切る。 玄関に座り込んだままの日和さんと蓮くんが俺を見つめている。 「ちょっと難しいみたいです」 そっかあ。日和さんの声をかき消すように、屋根の上から振動が伝わってきた。 ご近所迷惑にならないように、大きな音こそ出していないが、この振動。さらに作業員の人もたくさんいるしこの忙しない中でゆっくりすき焼きを食べるのはかなり難しい気がする。 「外に食べに行きましょうか?」 「でも、せっかくのお肉がもったいなくないですか?」 蓮くんがいじらしいことを言う。 「今日中に食べなくても大丈夫だよ。きよこさんが美味しく調理してくれるだろうし」 「じゃあ出かけましょう。3人だけで食事する機会もなかなかないし」 日和さんの提案に「そうですね」と同意したものの、絶対気まずくなりそうだなと覚悟はした。 自宅ならキッチンに立ったりトイレに行ったり、肉を焼いたり逃げ道がある。外に行けばそれすら出来ないのだから。 それにしても、一緒に『僕たちの家』に住んでいる仲なのに(日和さんとは一緒に寝ている仲なのに)なぜこんなに気まずくなりそうなんだろう? 僕も稔くんも蓮くんも「決められない人間」なのかもしれない。 タクシーに揺られながら日和は考えた。本当は車を出したかったが目的地が決まっていないのにフラフラドライブするのは怖かったので大人しくタクシーを呼んだ。 日和は、普段あまり主体的に出かけないのでなかなか「決められない」人間だった。 例えば食事なら 出かける日付を決められないし、お店を決められない。 今回は日付は決まっている。なんて言ったって今から行くのだから。 しかしお店は決められない。 「稔君の食べたいものにしよう」 僕たちに気を遣って助手席に乗ってくれている優しい稔君に、恩を仇で返すように責任を押し付けた。 当の稔としては日和と蓮くんを助手席に乗せる訳にはいかないし、かと言って3人横並びでタクシーに揺られるのも避けたかっただけだった。 「僕の好みより蓮くんは何を食べたい?」 「僕はなんでもいいです」 「日和さんは?」 「何がいいかなあ。でもせっかく稔君の誕生日だから」 「いやいやそんな」 駄目だ。誰も決められない。無限ループだ。 「どこかお薦めしましょうか?」 タクシーの運転手さんが見かねて助け舟を出してくれた。 客が長く乗ってる方が、儲かるはずなのになんて優しい人なんだ。それともこの人もこの気まずい空気に耐えられなくなったのか。 「ありがとうございます。助かります」 「お誕生日ならお寿司とか天ぷら?この辺りだと個室でゆっくり出来るお店が沢山ありますよ。そのかわりちょっとお値段は張りますが」 「今日は和食はあまり」 「そうですね。お子さんもいらっしゃるし」 運転手さんはすぐに引き下がってくれた。おそらく値段を気にしてると思われてるのかもしれないが、正直お金ならある。ただこの3人で個室でゆっくりするのが辛いだけである。 しかし日和さんと蓮くんは毎日朝晩のご飯は共にしている。だったら3人でも意外となんとかなるかな?いや無理そうだな。 「軽くサッと食べられるものでおすすめはありますか?」 「ハンバーガーは?お洒落なお店が区役所の先に出来たんですよ」 「ハンバーガー?」 「チーズがいっぱいで写真映えするお店です」 「ああ、聞いたことあるかも」 「美味しそうだね」 「うん、美味しそう」 2人の同意も得たので、そこにしてみる。ハンバーガーならサクッと食べて帰れそうだし。 お店は道路側が全てガラス張りの二階建てだった。外見からしてSNS映えしそうである。 「お洒落だね」 神宮の銀杏並木の辺りにこんなカフェがあって、前妻の音流(ねる)と一緒に何度か行ったことがある。いや、音流のことを考えるのはやめよう。 そういえば離婚してからずっと音流のことをグダグダと引きずっていたが、日和さんと結婚してからはあまりにも目まぐるしく生活だったせいか彼女のことを思い出す機会は少なくなっていた。 ありがたいことだな。 店内に入ると、スタッフさんが景色の良い2階の席に案内してくれた。 この時期でも半袖Tシャツにエプロンという元気そうな姿の女性スタッフさんが、ザラっとした質感の文字で書かれたメニューを置いて「決まったらベルでお呼び下さいね」と離れていく。 セルフサービスでも、タッチパネルでもないらしい。さすが高級ハンバーガーショップ。 「美味しそうだね」 「うん、美味しそう」 「何にします?」 しばらくの沈黙が流れる。 ひょっとしてメニューを決めるのも時間がかかるのかな。 「僕はこのオリジナルバーガーのセットにしようかな。蓮くんは?」 仕方なく稔が先陣をきる。 奢ってもらうのだろうから、本当は様子を見てからメニューを決めたかったがそんなことしてたら日が暮れそうだ。 「チーズバーガーを頼んでもいいですか?」 「もちろんそれにしなよ。日和さんは?」 「同じもので」 ベルを押して店員さんを呼ぶ。 「お決まりですか?」 「チーズバーガーのセットを二つとオリジナルバーガーのセットを一つ」 「サイドはどうされますか?」 「えっと、僕はポテトにしようかな。蓮くんは?」 「じゃあ同じので」 「日和さんは?」 「僕も同じで」 「ポテトのソースはどうしますか?トマトケチャップ、バーベキュー、マスタード、サワークリームオニオン、ヒマラヤ岩塩がありますが」 「僕は普通のトマトケチャップで」 「僕はバーベキュー」 「僕も同じので」 あれ?ひょっとして日和さんはなんでも直前に注文した人と『同じもので』で注文を済ますタイプなんだろうか。たまにそういう人いるけど。 「お飲み物は?」 「僕はアイスコーヒー、蓮くんは?」 「僕はコーラ」 来たぞ。 11月の寒空の下に、34歳の日和さんが『同じもので』と冷たいコーラを頼むのか見ものだ。どうせなら『同じもので』主義を貫き通してほしいものだ。 「日和さんは?」 「ホットのほうじ茶で」 「日和さん、ご飯のメニューは他の人のまねっこするタイプですか?」 稔君が『まねっこ』なんて可愛らしい言葉を使うのは意外だった。 「そうですね。迷っちゃいそうな時は右にならえですね」 「右へならえなんですね」 使う言葉の次元が違うな。と稔は感心した。そして飲み物はなぜ「右にならえ」しなかったんだとも思った。 「今日はハンバーガーを食べる事になるとは思ってなかったから決められなくて」 「本当にすいませんでした」 「いいです、なんだか記念にもなったし」 「蓮くんもごめんね」 「大丈夫です。ハンバーガーは久しぶりだからすごく嬉しいです」 嬉しそうな蓮くんを見て、『いつも楽しくなさそうな顔』の日和さんもいつもよりはずっと楽しそうだ。 稔も嬉しかった。 「幸せだね」 日和さんがなんのためらいもなくそういったので、稔はとても驚いた。 自分だったら照れて絶対に言えないけど、彼にとっては当然の言葉なのだろうか? 今日の日和さんは、いつもと違ってすごくかっこよく見える。 この人は、ただのんびりとしているだけじゃないんだ。 「おまたせしました」 スタッフさんが大きなお皿をテーブルに持ってきてくれた。 「美味しそうだね」 「うん、美味しそう」 「どうぞごゆっくり」 スタッフさんが消えてしばらくすると、日和さんが小さな声で言った。 「思ったより小さいね」 写真映えすると聞いていたから勝手にボリューミーなサイズかと勘違いしていたが、大きなお皿の上には掌に乗るくらいのバーガーがひっそりと置かれていた。 添えられたポテトも思ったよりは少ないのに、なぜかソースの入れてある器だけが大きかった。 「でも飲み物は大きいから」 LLサイズのドリンクを持って、僕がフォローすると日和さんも「そうだね」と答えた。 その日は、いろいろな意味で思い出に残る誕生日になった。
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