(2)取り扱い要注意

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(2)取り扱い要注意

「はぁぁ、つっかれたぁ~。先輩達が、あちこちからずっと様子を窺っているんだもの。そんなに暇なら私達に任せてないで、自分達で新人のお世話をしてよ」  すっかり気疲れしたシェーラは、自室に戻るなり勢い良くベッドに倒れ込みながら呻いた。すると自分以外は存在しないはずの室内に、笑いを堪える声が生じる。 「お前が今年の新人に、ろくでもない事を吹き込んだり間違った事を教えたりしないか心配で心配で、仕方がないのだろう。上の者達は気苦労が絶えず、ご苦労な事だ」  その声を耳にするや否やシェーラは勢いよく身体を起こし、いつの間にか目の前に立っていた人物を睨みつけた。 「ちょっと、アスラン。乙女の部屋に出入りする時は、ノックをして了承を取るのが常識だと教えたわよね?」 「我が現れる場合、我の前にドアが無いのでな。頭を叩けば良いか?」 「いった! ちょっと! なんの嫌がらせよ、この変神!!」  人間であればかなりの長身、かつ眉目秀麗な相手に真顔でコンコンと頭を叩かれたシェーラは、憤慨して声を荒らげた。それを聞いた相手は気を悪くしたりはせず、ただ不思議そうに首を傾げて問い返す。 「なんだ? その『変神』と言うのは? 巷で流行っている新しい言葉か?」 「変な人間なら『変人』だけど、変な神なら『変神』でしょうが!!」  苛つきながら言い返したシェーラだったが、アスランは冷静に問い返してきた。 「それでは聞くがな、シェーラ。お前は私が数多くの神々と比較して、どこがどう変だと判断したのだ?」 「それは……」 「神など、そうそう人の前に現れる筈もない。つまり実際にお前の眼前に現れた神は、我しかありえない。つまりお前には、我が他の神々と比較して変だと言う判断を下せない。故に、お前が私を『変神』と呼称するのは誤りである」  アスランは、理路整然と断定してみせた。完全に反論を封じらたシェーラは歯軋りし、腹立ちまぎれに叫ぶ。 「ああ、もう、分かった、分かりました! 変神なんかじゃありません! アスラン様は、類まれなき崇高な神でいらっしゃいます!」 「分かればよい」 (全くもう……、本当にめんどくさい。大体、普通の神がそうそう人の前に現れないなら、平然と私の前に現れているあんたは、立派な変神でしょうが!)  そう叫びたいのは山々ではあったが、一つ言えば十になって帰ってくるのが常であり、シェーラは怒りを抑え込んだ。そこでアスランが、思い出したように告げる。 「そういえば、お前の家族と婚約者から手紙が来ていたぞ。集積所で保管してある」  神殿内の事など隅から隅までお見通しである相手に、事の仔細を突っ込むのは無駄だとこれまでの経験で分かっていた彼女は、素直に頷いた。 「あ、ああ……、そうなの。じゃあそろそろ係の人が、届けてくれるかな?」 「因みに、中身を掻い摘んで説明すると」 「それってプライバシーの侵害だから! 何度言ったら分かるのよ! 可能だからと言って、開封間に本人より先に内容を確認しないで貰えるかしら!?」 「分かった。本人が呼んだ後なら良いのだな」 「ああ言えばこう言うっ!! あんたが気に入ったっていう歴代の巫女様達は、一体どう対処してたのよ!?」  本格的に頭を掻きむしりたくなったシェーラだったが、ここで廊下に繋がるドアがノックされた。 「シェーラ、お届け物です。在室していますか?」 「あ、はい! います! 今開けますので!」  慌ててドアにすっ飛んで行ったシェーラは、無言のまま手を振ってアスランに消えるように指示する。その直前に彼は既に姿を消しており、それを確認したシェーラは安堵しながらドアを開けた。 「お待たせしました」 「シェーラ。こちらが今日届いた封書です。あなた宛か、確認してください」  「はい、大丈夫です。ありがとうございます」  宛名を確認し、確かに自分宛の者であるのを確認したシェーラは、軽く頭を下げた。すると配達担当の顔なじみの女性が、しみじみとした口調で言い出す。 「色々あって平民のあなたが公爵家と養子縁組すると聞いて心配していたけど、ご家族と良い関係を築いているみたいで良かったわ。口には出さないけど前の家族があれだったから、他の人達もかなり心配していたし」 「はぁ……、その節は、お騒がせしました……」  少し前、欲に目がくらんだ実の家族達が、神殿の関係者に捕縛されて王都から追放処分になったことは神殿中に知れ渡っており、シェーラは思わず頭を下げた。しかし相手は、そんな彼女を笑顔で宥めてくる。 「あなたに非はないから。本来あなたの生活を支える為に使う支給金を、全て自分達で使い切っていた家族が責められて当然よ。その方達と縁が切れた上、公爵家の養女になれて王子様と婚約間近なのよね? もう本当に、精霊王様に愛されているとしか思えない僥倖だわ。そうは思わない?」 「そうですね……。弄ばれていますね……」  シェーラは思わず小声で本音を漏らしてしまい、それを聞き漏らした女性が怪訝な顔になる。 「え? 今、何か言ったかしら?」 「いえいえ、なんでもありません。手紙を届けて頂いて、どうもありがとうございました」 「それじゃあ、私はこれで」  慌てて誤魔化したシェーラだったが、そこでいきなり異音が生じた。 「え!? な、何!?」  それはコンコンという通常のドアをノックする音だったのだが、誰も叩く筈のない、目の前にあるシェーラの自室のドアから生じたようにしか聞こえなかった。その異常さに女性は激しく動揺し、シェーラは冷や汗を流しながら誤魔化そうとする。 「さ、さあ……。どこか他の部屋のドアが、ノックされた音ではないでしょうか……。良く響きますね……」 「でも……、今、このドアから聞こえたような……」 「き、気のせいではないですか!? お疲れを溜めないようにしてくださいね!」 「……そうするわ」  シェーラは引き攣り気味の笑顔を浮かべながら、半ば強引に押し切った。怪訝そうな顔をしながらも次の配達先に向かう女性を見送り、ドアを閉めてから背後を振り返る。 「ちょっとアスラン! どうしていきなりドアを叩いたりするのよ!? 思いっきり変な顔をされて、肝を潰したわよ!!」  シェーラは盛大に抗議したが、対する彼は飄々と言い返した。 「つい先程、お前が『乙女の部屋に出入りする時は、ノックをして了承を取るのが常識』と言っていたのでな。手紙を受け取りに出たタイミングで少し外に出ていたので、戻った時にノックしただけだが。それが何か問題でも?」 「あぁぁぁぁっ!! 神殿中に、あなた達が崇め奉っている主神様は、とんでもなく面倒で気まぐれな変神だって暴露したい! 言ったって、信じて貰えないに決まっているけど!!」 「そうだな。お前の頭がおかしくなったと思われて、生涯幽閉がオチだな。そうしたら神殿を破壊して逃亡させてやるから安心しろ」 「どこが安心できるのよっ、この罰当たり! 誰が進んで犯罪者になるか!!」  我を忘れて怒鳴りつけたシェーラだったが、アスランは大真面目に述べる。 「はて……、我の為に作られた神殿なのだから、我がどうしようと勝手なのではないのだろうか?」 「それこそ、勝手に死ぬまで悩んでなさい!!」 「シェーラ」 「なによ?」 「我に生死という概念はない」 「もう本当に、勘弁して……」  どこまでも淡々と応じる相手に、気力をごっそり奪い取られたシェーラはその場に崩れ落ち、扱いが面倒すぎる精霊王に目を付けられてしまった我が身の不幸を嘆いたのだった。
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