漆烏国の孔雀

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漆烏国の孔雀

 一同は驚いて、一斉に声の方を見た。いつの間にか、龍鳳が湯に浸かっている。 「これはこれは、龍鳳様。無事に漆烏国の問題も解決の道が見え、お二人も帰って行かれました。誠に善きこと。此度ご尽力頂いた我が蒼天の聡明で慈愛に満ちた僧侶の皆様に、お疲れを癒して頂いているところです。」 泰極王が言い終わると、永果が湯の中で暴れた。 「おうおう。分かっておる。永果も大活躍だった。大手柄だったぞ。」 泰極王の言葉を聞いて永果は、得意気な笑顔になった。 「うん。うん。誠に善かった。皆、ご苦労であった。感謝している。」 龍鳳は、満面の笑みで頷いている。 「ところで、龍鳳様。あの時、蛇鼠様が漆烏国のお二人に希望の言の葉をお渡しになられた時に仰っていた‘孔雀とのよしみ’とは、一体何のことだったのですか?」 「あぁ、蛇鼠が云っていた孔雀とのよしみとはな、漆烏国の成り立ちに関する未だに秘められた神仙の事だ。」 「神仙? 漆烏国にも神仙様が居られたのですか?」 「あぁ、泰極王。ずっと昔から、国が起こる前から居ったのだよ。よし、今日はそこから話してやろう。」 龍鳳は遠い昔を思い出しながら、ぽつぽつと話し始める。 一同はじっと耳を傾けた。 「今、漆烏国には、北に霊木(リンムゥ)山があり南に貴玉(グイユゥ)山があるな。あの二つの山は、元々一つの山だったのじゃ。ちょうど今、二つの都がある真ん中にあって、その山が大きな地の変動で二つに分かれたのだ。その時に崩れ落ちた土が平らな盆地を作り、今ではそこに二つの都が出来た。  そして、南北に分かれた双子の山を結ぶように深碧川(シェンビィ)が流れた。」 「一つの山が二つに分かれたとは、それは誠に大きな地の変動ですね。」 「あぁ、剣芯。とても大きな変動だった。この蒼天まで地が割れてしまうかと思ったわい。そうして出来た双子の山には、双子の神仙が棲んでおるのじゃよ。山が分かれた為に、神仙も分かれて其々に山を守っている。霊木山には姉の蓮雀(リェンチュエ)。貴玉山には弟の雀玉(チュエユウ)がおる。  だが、あの百年前の無茶な蒼天への攻撃と落雷による森の壊滅を嘆き、二神とも神仙の姿から元々の孔雀の姿に戻って永い眠りに就いてしまった。そうして二神は未だ目覚めず、己の責をさぼっておるのじゃよ。  その為に藍孔雀石(ランコンチュエシ)が産まれなくなった。その昔あの山は、藍孔雀石の産まれる山だった。それは美しい藍色に碧色の交じった石じゃった。今は貴玉山から碧雀石(ビィチュエシ)が産出されるが、それは遠い昔に産まれた藍孔雀石が風化した物。その風化の貴石を掘り出しているにすぎぬのだ。蓮雀と雀玉が目覚めていれば、新しい藍孔雀石が産まれるはずなのだよ。  今、霊木山は聖山となっているため採掘はされないが、元は一つの山だから本当は霊木山からも藍孔雀石も碧雀石も採れる。その蓮雀と雀玉の二神仙の眠りを覚ます事が出来るのが、蛇鼠が授けた希望の言の葉の ‘音霊’ なのだ。」 龍鳳は話し終わると、大きな溜息をついた。 「なるほど。漆烏国の聖山にそのような由縁があったのですね。まったく知りませんでした。」 「うむ。恐らく今の漆烏の民も知らぬであろう。だが、漆烏の王府の何処かにはその由縁が記された藍孔雀の石板があるはずだがな・・・」 「えっ? 龍鳳様。そのような大事なことを宝葉姫様と雲慶様に知らせなくてよいのですか?」 「はははっ。空心。そなたと辰斗王は昔、天藍の扇を見つけた事があったであろう。大丈夫。知らせずとも、彼らが真心を持って希望の言の葉に祈り続けていれば、やがて導かれ彼らが自分たちで見つけるはずだ。空心と辰斗王が見つけたようにな。」 龍鳳は笑った。 「そうでしたか。ちょうど泰様の婚礼の前の頃、王府の書庫で天藍の扇を見つけたのでした。懐かしいですな。そうですか。自然に導かれますか。それは何よりです。」 空心も龍鳳に向かって微笑んだ。 「それじゃぁな。年寄りにあまり長湯はいかんからな。剣芯よ、白鹿でしかとその才を放つがよい。天民よ、今や蒼天ではそなたが主軸じゃ。しかとな。」 二人の僧が返事をする間もなく、一瞬のうちに龍鳳は帰って行った。 「ふっはっはっ。現れるのも去るのも突然で、龍鳳様らしいな。剣芯、旅立つ前に龍鳳様に会えてよかったな。」 「はい。泰極王。今日は、誠に幸せな日でございます。温泉に浸かりゆっくりと話ができ善き想い出となりました。」 一同は、微笑んで剣芯の言葉を聞いていた。  蒼天国龍峰山の神仙、蛇鼠から賜り大事に持ち帰った ‘誓いの言の葉’ を、宝葉姫と雲慶は、漆烏国王府の展望に安置した。この展望は、漆烏国で一番高い場所でその目線の先には貴玉山と霊木山の頂がある。二つの霊山とちょうど向き合うような高さにあり、四方の窓からは漆烏国全体が見渡せるようになっている。その展望の真ん中に置かれた誓いの言の葉に向かい、宝葉姫と雲慶は日々祈った。 「どうか漆烏に明るく光差す言葉が広がり、民の心が温まり希望を胸に日々過ごせますよう。今日まで国が続き平和である事に感謝致します。二つの霊山とその恵みを大事に守り生かし、豊かで幸せな国を民と共に作って参ります。」  読経で鍛えた雲慶の声は、低く確かに響き、柔らかく透き通った宝葉姫の声を乗せ一つの音楽のように流れ幾度も言の葉を揺らした。銀色の言の葉は、かすかに揺れ神聖で貴い響きを風に乗せどこまでも遠く国中に届けた。こうして音霊は、来る日も来る日も国中に響き渡り、次第に重く覆っていた気が晴れ始めた。  すると都では漆烏の民が、宝葉姫たちが持ち帰った蒼天から贈られた彩り豊かな反物を手に取るようになった。 「宝葉姫様。知らせによると国の民たちが新しい反物に手を伸ばし、彩り豊かな衣を着るようになり始めたとか。姫様と同じように、鮮やかな色の衣を身に付けるようになったと。」 「まぁ、雲慶様。それは何と喜ばしい事でしょう。民の心に光が差し始めたのですね。善かった。これで国は変わるわ。祈り続けて来て善かった。今からもう一度、展望で祈って来るわ。」  宝葉姫は展望に上がり誓いの言の葉の前で手を合わせた。後を追い展望に上がって来た雲慶も、姫の隣で手を合わせて祈る。 「漆烏の民が彩りを取り戻しました。ありがとうございます。これからも心を温め光を見つめ、希望を抱き日々を過ごせますよう。」 「今日の善き変化が続き平安で幸せな日々を過ごし、霊山の恵みに感謝し生かしながら暮らしてゆきます。誠にありがとうございます。」  二人が手を合わせ祈っていると、銀色の言の葉が躍り出したように激しく揺れ、ひと際大きく音霊を奏でた。その確かな響きに続いて、これまで聞いた事がない鳥の鳴き声が響いた。二人は驚いて目を開け立ち上がって外を見回すと、貴玉山から雄の孔雀が飛び立ち、霊木山からは雌の孔雀が飛び立った。 「雲慶様。見て。あれは・・・ あの孔雀は何でしょう? 一体何が起こったのでしょう?」 「姫様。あんなに大きな孔雀は、みた事がありません。しかも麗しく煌びやかです。とてもこの世の物とは思えません。もしや、二つの霊山に棲む神仙なのでは?」 二人は初めて見る眩い二羽の孔雀に驚き見入っている。 「もしやあれが・・・ 蛇鼠様が仰っていた、よしみのある孔雀・・・」 「えぇ、姫様。きっとそうですよ。」
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