三国に咲く木蓮

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三国に咲く木蓮

 剣芯が白鹿へ文を出してから季節が一つ移り、草花が休息の季に入った。その間に、白鹿から武尊王の命を受けた剣芯の護衛の者が蒼天国に到着した。いよいよ別れの時が来た。  別れの朝、太陽は雲間から顔を出し寒空の道を温めている。  すでに準備を整えていた剣芯は、蒼天の皆との別れを惜しみながら蒼天と白鹿、両国の護衛と共に庵を発った。空心と天民は王府の門に立ち、立派な僧侶となった剣芯を笑顔で見送った。しかし、剣芯が馬車で遠ざかる程に、冬の儚げな太陽は老僧の目に滲む涙を光らせた。  剣芯を運ぶ蒼天国の馬車は蒼天王府のある玄京の都から西へ進み浅石村を抜け、陽沈砂漠の手前で剣芯を下ろした。蒼天国の護衛に感謝と別れを告げた剣芯は、白鹿の護衛と共に砂漠を抜け紅號村で待機していた白鹿の馬車に乗りこんだ。  懐かしの紅號村では、束の間ではあったが兄貴との再会をし、風砂に苦しんだ皆が眠る桃の木に経を唱えることも出来た。  こうして両王府に守られながらの旅を終え、剣芯は白鹿の都、金樹にある王府に着いた。 「剣芯。よく戻ってくれた。ありがとう。感謝する。」 「武尊様。長きに渡り私を想ってくださり、ありがとうございます。蒼天にて空心様と天民様の教えを身に付け、白鹿へ、武尊様の元へ戻って参りました。」 「もう、あれから十年余りが経つのね。早いわ。さぁ、広陽、深月。ご挨拶しなさい。父上と母の古いお友達の剣芯様よ。」 「あぁ、澪珠様。こちらが双子の世子様たちですね。」  武尊と澪珠の間に生まれた双子の兄妹たちも剣芯を出迎えた。兄は広陽、妹は深月と名付けられた誠にそっくりな兄妹だったが、性格は少し違っていた。 「初めまして、広陽と申します。ようこそ白鹿へ。」 兄の広陽は、前に進み出て満面の笑みで剣芯に向かうと、最近覚えた商隊のあいさつをしてみせた。 「はははっ。広陽はまるで子猿のようだな。」 武尊王は声を上げて笑った。 「まぁ、武尊様ったら・・・ さぁ、深月もご挨拶なさい。」 澪珠は、足元にくっついて隠れている妹の深月に言った。こちらは、なかなかに慎重で思慮深い。母にくっついたまま 「初めまして。深月と申します。」 と、やっと言った。 「初めまして、剣芯と申します。これより白鹿国で武尊王と澪珠妃のお力になれるよう、お側に仕えます。よろしくお願い致します。」 剣芯は、二人の世子を交互に見ながら話した。  そして武尊王に、 「世子様たちは、お幾つになられるのですか?」 「今年で九歳だ。双子で仲は良いのだが、まるで太陽と月のように違うであろう?」 「えぇ、そのようで。お二人が白鹿で婚礼をなされた時は、確か・・・ 太陽と月の婚礼の日だったかと。まさにその申し子ですね。」 「まぁ、剣芯様。よく覚えておいでですわね。そう、そうだったの。あの時は驚いたわ。しかもその後、雨が降って来て。皆が瑞兆だと喜んで、私を迎えてくれたのよ。」 澪珠は嬉しそうに話して聞かせた。 「そうだった。そうだった。都の南門から王府までの歓迎の様子は、誠にすごかった。この上なく誇らしく嬉しかったよ。」 「えぇ、本当に。」 二人は懐かしく思い出した。 「それは何よりでした。此度、蒼天国と漆烏国の国交が開始され、その友好の証に漆烏国から木蓮の種と苗が蒼天に贈られました。その種と苗木を五本、泰極王が私に持たせてくれました。ちょうど植え時になりますので、早速どこかよい場所に植えたいのですが・・・」 剣芯がそう進言すると 「剣芯。ご苦労であった。急ぎ泰極王に礼状を送ろう。苗木はまずこの王府に植え、秋に種を採り苗木を育て国中に植えよう。剣芯。今の白鹿でなら木蓮も育つはずだ。」 自信の溢れた顔で、武尊王は言った。 「えぇ、武尊様。道中、見違えました。もはや白鹿の地は、私が知っていた白鹿国ではございません。乾いた土の国の面影はなく、水があり緑が見られる国になっています。」 「あぁ。これも蒼天で、泰極王に学んだ治水の術のお陰だ。誠に有り難きこと。泰極王は素晴らしき方だ。あの漆烏国が心を開き、国交を開始させるとは。これからは、三国共に助け合っていこう。」 「えぇ、泰極王もそのように仰せでした。」 「あぁ。」 武尊は力強く頷き、剣芯の肩を掴んだ。  それから二人は、王府の門と庭に木蓮を植えた。この白鹿にも、漆烏国の友好が根付く事を願って。
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