花開く婚礼

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花開く婚礼

 厳しい冬を越え雪解けが始まり、再び木蓮の咲く頃がやって来た。漆烏国の人々は、例年に増して今年の木蓮の開花を待ちわびている。なぜなら今年は、開花と共に始まる木蓮節を祝う最初の年だからだ。  そして木蓮節を終えた翌日には、宝葉姫と雲慶の婚礼が行われる。これまで王府に閉じこもり気味であまり人前に姿を現す事のなかった宝葉姫が、婚礼の儀では国の民の前に姿を現す。その姫の姿を一目見たいと、民は楽しみにしているのだ。  日毎に光が増し温かさを感じられるようになり李君王女が植えた深碧川の木蓮が、民の期待を受けちらちらと咲き始めた。いよいよ、三日間の木蓮節が始まる。  一日目は、乾燥させた昨年の木蓮の葉に、もう手放して忘れたい事柄を書いて川に流す。二日目は、花弁紙にこの春から先への希望を書く。三日目には、外へ出て木蓮を愛で美しく役目を終えた花弁を拾って持ち帰り、二日目に希望を書いた花弁紙に挟み家の柱に貼っておく。これが木蓮節で人々が行う習いだ。この三日間は仕事はせず、家族や親しい仲間と酒を飲み料理を食べ、賑やかに和やかに過ごすのだ。  木蓮節が始まり都の通りには、たくさんの店が並んでいる。今年は、乾燥させた木蓮の葉は凰扇から賜った物なので、花弁紙を売る店で無償で配られている。他に木蓮の花見用の酒や団子、焼き菓子を売る店なども出ている。  来年からは、一年間家の柱に貼られていた花弁紙を回収して歩く僧も、焚き上げは我が寺へと案内を配り歩いている。一年の役目を終え回収された花弁紙は、三日目の夜に各寺でお焚き上げされ煙となって天に上るのだ。  王府ではこの三日目の夜に、宝葉姫と雲慶がそろって凰扇から賜った目覚めの稲妻に祈り、民の希望への目覚めが続く事を願う。今年はこの三日目の夜に、翌日の宝葉姫と雲慶の婚礼を祝って盛大に花火が上げられた。夜空に目覚めの稲妻から起こった稲妻の閃光と色鮮やかな花火が煌めく美しい光景を、漆烏の民が見上げている。展望で祈りを捧げた宝葉姫と雲慶も、二人で稲妻の閃光と花火が煌めく夜空を見つめている。 「雲慶様。いよいよ明日は、婚礼の儀です。本当にこれでよかったのですか?」 「宝葉姫、もちろんです。一生を志した僧の道を閉じての還俗は、簡単には出来ません。覚悟があっての事です。それに、僧でありながら私は、ずっと姫様を大事に想い愛し見守って参りました。  ですから、空心様に出逢いお言葉を頂き、自分の胸の内にある心に正直に従って新しく生きる道を選んだのです。これから二人で、共に歩んで参りましょう。仏の教えを生きる事は、俗世でも十分に出来るのですから。」 「はい。ありがとうございます。雲慶様が側に居てくれる事が、私にとってどれほど心強いか・・・ 私は、誠に幸せでございます。」 そう言って涙ぐむ宝葉姫の手を、雲慶はしっかりと握った。  この年以降、木蓮節の三日目の夜には毎年、宝葉姫と雲慶は展望で目覚めの稲妻に祈った。するとその夜には雷鳴が轟き、東の空に激しい稲妻が走った。  この木蓮節を終えると漆烏国は本格的な春を迎え、新しい希望に向かって人々が動き出すのである。  初めての木蓮節が終わり、翌朝早くから宝葉姫と雲慶の婚礼の儀は行われた。慣例通りであれば、儀礼の全てが王府の大広間で行われるが、今年は凰扇の導きで展望に置かれた誓いの言の葉の前での宣誓の儀から始まった。  紅幕と紅燈で飾られた展望には、宝葉姫と雲慶、立ち合いの漆烏王と王妃、雲慶の師である高僧、仁源(ジンユエン)がいる。この儀の間だけはと紅い衣に身を包んだ宝葉姫と雲慶の姿を、彼らがじっと見守っている。  霊木の森から切り出された木に漆を施した紅盃で固めの盃を交わし、若き二人は誓いの言の葉の前で膝を付き手を合わせ誓った。 「これより二人手を取り合い支え合って、漆烏国と民を想い尽くして参ります。互いに心を温め合い、民の光となる事を胸に置き、言葉を大事に過ごして参る事をお約束致します。」 と、先に宝葉姫が誓い、続いて雲慶が誓う。 「宝葉姫と共に寄り添い漆烏国の一本の柱となりて民を守り、より所となるよう胸に置き、慈愛の言葉を持ち国と民に尽くす事をお約束致します。」 「雲慶よ。ありがとう。姫の為、この漆烏の民の為に、新しい志を抱いてくれたそなたに感謝している。」 漆烏王と王妃が進み出て、雲慶に頭を下げた。 「漆烏王。王妃様。私は、自らの心に向き合い新たに生きる道を決めたまで。仁源様には、悲しい想いをさせてしまったかもしれませんが、後悔はありません。」 「雲慶よ。私は悲しくなどないぞ。むしろ、そなたの事を誇りに思う。そなたを自らの心に向き合わせた空心様を素晴らしく思う。  そのような出逢いを呼んだのは仏縁のお導き、そなたのこれまでの修行の賜物だ。そなたに染みついた香と仏の教えは、何処へも逃げぬ。誰にも奪われぬ。これから先もずっと、そなたの心に在る。その心がある限り還俗しても仏の道を進んでいるのと同じぞ。」 「仁源様。もったいないお言葉。ありがとうございます。これからも心に仏を抱き、姫と国の民を想い歩んで参ります。」 雲慶は、胸に溢れる想いを漆烏王と王妃、師僧に告げた。この熱き言葉は、誓いの言の葉を揺らした。  すると、誓いの言の葉の銀色の葉の揺れが音霊となって展望に広がった。そして天空を突き抜けるような孔雀の鳴き声がしたかと思うと、貴玉山から雀玉が、霊木山から蓮雀が舞い上がり、国中を覆うように二羽が飛び交い大きな風が起こった。その風に乗り天空に広がった音霊は、煌めく五色の音霊となって清らかな音を降らせた。  神聖な静寂の中に高く澄んだ煌めく音だけが鳴っている。漆烏の国中の民が動きを止め、その美しい孔雀の姿と五色の音霊に聴き入っている。  二羽の孔雀を展望から見つめていた宝葉姫は、 「まぁ、なんという美しい光景でしょう。こんな漆烏は初めて見ました。」 と驚き、孔雀を見つめている、 「えぇ、誠に美しい。私もこのように美しい光景は初めてです。この漆烏国の神仙様も、私たちの婚礼を祝ってくれているのでしょう。何と有り難い事か・・・」 雲慶は、宝葉姫の背にそっと手を添えた。  婚礼の誓いに立ち会った王と王妃、師僧は、若き二人の後ろ姿を涙を滲ませながら見つめている。この穏やかな気の展望に銀色の光を纏った風が吹き音霊が粒となると、凰扇と蛇鼠が現れた。 「宝葉姫。雲慶。おめでとう。善き日を迎えられましたね。二人の婚礼を祝って、漆烏国の憂いを祓いましょう。」 凰扇が、持っていた蓮の葉の扇を一振りすると、展望の気が一変し清々しく晴れやかな気が満ちた。 「ありがとうございます。凰扇様。これからも木蓮節の後には毎年、目覚めの稲妻に祈り、漆烏の国と民の心が再び閉じてしまわぬよう務めます。」 「えぇ、宝葉姫。そうですね。ともすると長年の癖で元の暗く閉ざした悲しみの状態に戻ってしまうでしょう。ですが毎年祈る事で、稲妻が起こりその閃光を見て雷鳴を聞くたびに暗闇は晴れ、民も希望と光を思い出してくれる事でしょう。」 「はい。必ず毎年、二人で祈ります。」 凰扇は、にこやかに頷いた。  続いて横にいた蛇鼠が 「実にめでたい。おめでとう。これから二人でこの誓いの言の葉の銀色の葉を一枚ずつ摘み、霊木山と貴玉山へ行きなさい。そして、それぞれの山で酒と香を供え祈りを捧げ、篝火を焚き銀色の葉を一枚くべよ。先に霊木山へ行き、後に貴玉山へ行き、その後は深碧川を下って帰って来るがよい。よいな。  それでこの特別な婚礼の儀は納まる。よいな。案ずる事はない。必要な物は全て、もう用意してある。その身を持って行くがよい。頼んだぞ。」 「はい。蛇鼠様。そのように致します。」  雲慶が力強く言い、宝葉姫の手を握って頷いた。それに応えて宝葉姫も、しっかりと頷いた。そして目の前を見ると、もう神仙たちの姿はなかった。  二人はさっそく誓いの言の葉から一枚ずつ葉を摘み取ると、丁寧に布に包み胸元へしまった。そして、香と酒を用意し王府を出て霊木山へ向かった。
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