獅火王の誕生

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獅火王の誕生

 いよいよ、めでたき菊花の節句。重陽節を迎えた。  この日、獅火は蒼天王に即位する。即位の儀では、既に退位した泰極王から冠戴、国玉、国宝目録、彩扇、蒼牌を受け取り宣誓をし、獅火が第八代の蒼天王となる。そしてこれより元号が‘瑞和’と変わる。   王府の大広間には、白、黄、紫の菊花が飾られた。そして、即位式の為の蒼と白の絹布も壁に貼られ、天上からも蒼と白の絹布に金糸銀糸が施された布が掛けられている。中央に設けられた通路には紅燈が灯され、玉座までの道を明るく照らしている。  大きな銅鑼の合図とともに吉刻が告げられ、大広間の一同は背筋を伸ばす。紅く照らされた正面上段の玉座までの道を天藍色に金糸の刺繍が施された龍衣を纏った獅火が進んで来る。その少し後ろを王妃となる紫雲が、天藍色に金糸の刺繍が施された鳳凰衣を纏って進む。そして、二人が共に玉座に上がり並んで皆の前に立ち、戴冠を受け蒼天の国玉、国宝目録、彩扇、蒼牌を受け継いだ。再び皆に向かい声高らかに宣誓をし無事に即位を終えると、二人が幼き日より身に付けてきた護符 ‘唯幻合輪’ から光が放たれた。  獅火の左腕からは紅い光が、紫雲の左腕からは青い光が放たれ、広間の天井で合わさると紫色に輝く光霧となった。その美しい紫色の光霧は、一体の大きな蠍となり大広間を駆け巡った。あまねく大広間を巡った紫の蠍は、鷲に姿を変え大広間の上を一巡りすると庭の方へ飛び出して行った。  鷲は高く高く上がり、羽根がはばたく度に清らかな音霊が降り注ぐ。その高く澄んだ音色は蒼天中に降り注ぎ、国中の民の心に届き清々しく軽やかな心持ちで空を見上げさせた。音霊の調べは詩文のように響き渡る。 天に商を持ち 地に獅子の気を持つ勇者 天に参を持ち 地に蠍の気を持つ娘 天地の情絲にて巡り逢い 新しき蒼き国を造る者となる 地をゆく蠍は目覚め 天に上がり空を舞う鷲となる 紫の鷲は風を起こし音霊を生み 泰安の全てを引き継ぐ 紫の鷲が蒼き鷲となる時 新しき世が動き出す 蒼き鷲は二つに分かれ 青き鷲は勇者を守り 白き鳩は娘を守る 二つの鷲鳩は 蒼き国を導く光霧の守りとなる  突然現れた紫の光霧の鷲に誘われ庭に出ていた一同も、その清らかな音霊に聴き入り生まれ変わったような心持ちになった。 「なんという清らかな音色だ。」 誰かが声を発した。その声が合図のようにその場にいた人々が、自分の音を取り戻し口々に声を上げ始めた。 「かくもまた、この善き日に瑞兆が現れるとは・・・」 「あぁ、誠に蒼天は守られておる。」 「あぁ、守られておる。導かれておる。」  天空をひとしきり舞った鷲は、青き光の鷲と白き光の鳩に分かれ、再び大広間の中へ戻った。一同もその後を追って中に入る。  青き光の鷲と白き光の鳩は、大広間を舞い清らかな音霊を広げると抱き合うように一つとなり蒼き光霧の鷲となり大広間を包んだ。そして、再び二つに分かれると、青き光の鷲は獅火の左腕に、白き光の鳩は紫雲の左腕に吸い込まれ、それぞれの唯幻合輪に戻った。 「今のは、何だったのだ。一体何が起きたというのだ?」 「獅火様。私たちの唯幻合輪が・・・ 唯幻合輪が何かを伝えているのですよ。」 紫雲が獅火の腕に寄り添いながら言った。 「あぁ、そうかもしれぬ。一体何を伝えようとしたのだ?」 大広間に居る皆も、獅火の言葉の続きを息を飲み見守っている。  そこへ永果がやって来た。  紅燈で飾られた通路を進み上段まで上がると、手をくるっと動かし、獅火と紫雲の腕から唯幻合輪を外し引き寄せた。そしてその輪を掴むと、二つの輪を一つに重ねた。一つになり大きく広がった輪は、紫色の光を放つとその中に龍鳳が写し出された。 「ほっほっ。皆、驚いておるようじゃの。ふっふっ。獅火よ、即位おめでとう。幼かったそなたが立派に成長し、ついにこの蒼天の王となった。めでたき事じゃ。」 「はっ。龍鳳様。幼き頃より見守って頂き、今日のこの日を迎える事が出来ました。誠に感謝致しております。」 「ほう、ほう。立派に挨拶も出来るようになったのう。この唯幻合輪をそなたの父、泰極王と伴修将軍に授けた時は、獅火も紫雲もどうにも幼くやんちゃで、どうしたものかと思ったが随分と立派になった。嬉しいのう。  獅火、そなたと紫雲の守りとなって共に過ごしてきた唯幻合輪は、唯の世と幻の世を繋ぐ神器。そして、時を繋ぐ法力の神器でもある。そこにいる白鹿王と澪珠妃がよく知っている事だ。」 獅火の雄姿を一目見ようと駆けつけた武尊王と澪珠妃は、顔を見合わせて笑い合っている。 「私たちが体験した幻鏡の事だね。あの水鏡の入口は、唯幻合輪を合わせた物とそっくりだった。」 「えぇ、武尊様。覚えているわ。その水鏡への入口を幾度も二人でくぐったもの。」 二人が小声で話していると 「そうじゃ。白鹿王と澪珠妃は、幾度もこの唯幻の世と時の間を行き来し、蒼天と白鹿を新しい世へと導く助けとなった。そして歳月を経て、今日の白鹿国と蒼天国が築かれたのだ。その中で人々は変容し互いに影響し合い、国を世を動かしてきた。その大きな種となったのは、出逢いであり言葉だったのじゃよ。」 「出逢いと言葉ですか?」 「あぁ、獅火よ。そうじゃ。そなたも紫雲と出逢って大きく変わったであろう?」 龍鳳の言葉に、獅火は少し頬を紅らめた。 「えぇ・・・ はい。紫雲と出逢い深き情絲の縁がなければ、今日の私は無かったかもしれません。」 「獅火様・・・」 紫雲は、そっと獅火の袖を掴んだ。獅火は微笑んで頷いた。 「うむ。なかなか素直でよろしい。それは獅火に限った事ではない。白鹿王と澪珠妃もしかり。泰極王と七杏妃もしかり。伴修将軍と雅里も。辰斗王と文世も、空心と天民、剣芯も。皆そうじゃ。  縁ある者が、その情絲と縁を手繰り寄せ導かれ出逢うのじゃ。そして、言葉を交わし受け取り、心が震え温められ動かされる。その瞬間、初めて人は立ち上がるのじゃよ。変容するのじゃよ。  よいか、獅火。これより先は更に、出逢いと言葉を大事にせよ。王となったそなたの言葉は、大きく重い。そしてその言葉の存在は、大きく広く影響をもたらす。よいな。紫雲は、柔らかく穏やかな心持ちでいるがよい。獅子を諫める事も大切だが、これからは世の民がそれをしてくれる。民の目と口がそうする。だから紫雲は、王府の内で穏やかに獅火を見つめ話し支えてやって欲しい。よいな。」 「はい、龍鳳様。しかと胸に刻んでおきます。」 紫雲は、穏やかに微笑んで返した。 「龍鳳様。私もしかとお約束致します。言葉を大事に、出逢いを大事に。これより先を紫雲と共に、国と共に歩んで参ります。」 「うん。うん。それでよい。のう、泰極王、七杏妃よ。安心じゃのう。」 「はい、龍鳳様。新しき蒼天の為にお力添え頂き、感謝致します。」 深く頭を下げる泰極王の横で、七杏妃も涙ぐみながら頭を下げた。その泰極王の言葉が終わると同時に龍鳳の姿は消え、唯幻合輪は小さくなり元の大きさに戻ってしまった。  永果の手の中に二つの唯幻合輪が戻ると、二つの輪はそれぞれに青と白の光を放ち、再び獅火王と紫雲妃の腕に戻った。それを見届けて永果は、段上から下りひょこひょこ歩くと大広間の通路に居る七杏妃の胸に飛び込み甘えた。 「まぁ、永果ったら。大事な場面で活躍して褒めてもらいたいのね。」 「あぁ、そのようだ。後で戻ったら、杏から褒美をやってくれ。今日は、胡桃も杏子の仁も両方だ。それにまず、宴の菊花酒だな。」 それを聞いて永果は、泰極王の腕に飛びつき顔にスリスリして喜んだ。
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