海の卵

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私は沈んでいく。ゆっくりとゆらゆらと。 沈むなんてありえないと思っていた、途中までは順調だったのに。一体どうしてこんなことになったんだろう。 「一体どうしてこんなことになったんだ!?」  男の胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。 「は、はなせ!こんなことをしてただで済むと」 「この状況でそんなことが言えるお前の脳みそが本当にイカレてるって事はよくわかった! ブチ殺すぞクソ野郎!」  怒りに染まった顔で真正面から怒鳴られる。相手は年下だというのに殺気立ったその顔は本当に恐ろしかった。  幼い頃から勉強が人一倍できて褒められた事しかない、怒られたことが一度もない。四十歳になって二十歳も年下の若造に怒鳴られて怖くて震えている。プライドに大きなヒビが入る音を聞いた気がした。 「覚悟しろよクソが! お前の持ってるデータは全部警察か第三者委員会に渡す!」 「あ、あ、あれは機密情報だ、勝手なことを!」 「警察の取り調べに勝手もクソもねえんだよ! 自分が犯罪者だってわからねえくらい頭が悪いじゃねえか! 何が天才数学者だ、笑えねえ冗談だ!」  犯罪者。その言葉に男は震える。そんなはずはない、自分は悪くない。誰か助けてくれと思って周りを見ても、自分を取り囲んでいる者たちが全員同じ顔をしている。味方は一人もいない。 「梶枝を……海雪(みゆき)を返せ! 人殺し!」  一人の天才数学者が作り出した新しいモデルの深海探査艇。無人探査で到達することはできても有人で調査にたどり着けていない深海に行くことができると、様々なスポンサーがついてようやく完成の目途がついた。
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