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それからというもの、真人先輩はちょくちょく顔を見せるようになった。
来る時はだいたい、柏木さんと一緒だった。仕事帰りに食事がてら立ち寄り、他愛のない話をして帰って行く。そんな日々が、二ヶ月ほど続いた。
「ちょっと聞いてよ。茜ちゃん」
柏木さんは、私のことを名前で呼ぶ。真人先輩は未だに『城田』だというのに。
「なんですか?」
腑に落ちない気持ちをごくりと呑み込み、私は笑顔で応えた。
「こいつ、結婚するらしいよ」
「えっ?」
「おまっ!」
私と先輩の声が、短くハモった。
真人先輩は、県外の国立大学を卒業したのち、地方銀行に就職した。
話によると、先日行われた支店長宅のホームパーティで、アシスタントを務めた真人先輩を支店長がえらく気に入り、是非うちの娘婿に、と懇願されているというのだ。
「まだ決まったわけじゃねぇよ」
「だけど相手は支店長の娘だろ? こんなチャンス滅多にねぇぞ」
「チャンスって……」
「だってそうだろ? 結婚すりゃあ、出世街道まっしぐら。次期支店長だって夢じゃねぇよ」
いいよなぁ、と柏木さんは頭の後ろで腕を組んだ。
「興味ねぇよ、んなの……」
ちらりと私を見やり、真人先輩は目を伏せた。
式場のドアを開けると、ロビーには既に大勢の人の姿があった。
片隅に、先輩の職場関係者と思しき集団が見える。その中から、私の姿を認め駆け寄ってくる柏木さんの姿が見えた。
「よく来てくれたね」
いつもとは違う、柏木さんの落ち着いた声。
「ケジメですから」
涙を堪え、私はにっこり微笑んだ。
こくりとひとつ頷くと、柏木さんは、私を受付へとエスコートしてくれた。
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