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*** 「なぁなぁ、伊織」 「あ? なんだよ?」  伊織宅。  部屋の持ち主以上に寛いでいる雄大は、ソファでうつ伏せになっていた。奥のベッドを背もたれにして、雄大は携帯を触っている。  のそりと手だけを伸ばしてひらひらと動かし、伊織に構ってくれと合図を送った。 「オレ、彼女と別れて暇なんだって」 「さっき聞いた。つか、お前マジで長続きしねえな」  顔を動かしもせずに伊織が言う。「三か月ももってねえだろ」と言われて、雄大は「三か月はもったもん」と頬を膨らませた。  女は好きだ。  可愛いし、柔らかい。 「だってさぁ……、疲れんだもん」  ただ、ときどき面倒になる。  喜ばせるために気を使わないといけないからだ。約束時間には絶対に行かないと拗ねられるし、歩くときにも速度を合わせないといけない。ファストフードばかりに連れて行くわけにもいかない。だからといってお洒落な店は高いから、店を調べておく必要もある。ある程度の値段で、かつ見た目や雰囲気が可愛らしい店だ。 「疲れるようなやつと付き合うからだろ?」  馬鹿じゃないのか、と言われて雄大はむぅ、とむくれた。 「んー、でも、だいたいみんな一緒なんだもん」 (伊織は疲れないのかな?)  雄大は彼女ができると毎回伊織に報告している。そして、別れたときにも伊織に言う。今日と同じだ。  報告しても、伊織は興味なさげなのだけれど、特に気にしてはいない。 (そういや、伊織の相手って見たことないな……)  中学のときも、高校のときも伊織が告白されていたのは知っている。雄大の印象ではどの子も可愛らしい感じの子だったのだけれど、伊織は告白を受け付けなかった。どうして付き合わないのかと聞いてみたら、伊織は確か「好みじゃない」と言っていた。  話の流れで、「あの子可愛くない?」と聞いてみても、「ああ」とか「そうだな」とか相槌を打つくらいだ。好みじゃない、という言葉は何度も聞いたけれど、好みの子も彼女の話も聞いたことがない。 (すげえ変わった好みしてたりして)  ふと、気になって、雄大はずりずりと身体をずらし、上体を持ち上げた。 「じゃあじゃあ、伊織はどんな奴が好みなの?」 「は? 俺? 俺は……」  問いかけてみたら、携帯の画面を撫ででいた伊織の手が止まった。 「俺は?」  続きを言おうとしない伊織に向かって、ずいと身体を匍匐前進みたいに進ませる。胸あたりまでソファから身体を出して、伊織を見た。伊織の視線は、携帯の画面から動かない。 (ん? そんな変なこと聞いたかな?) 「なあ、って聞いてる?」 「……別に、どうでもいいだろ、そんなこと」  もう一度聞いたら、そっけない答えが返ってきた。止まっていた伊織の指が動き出す。 (つまんないの。ちょっと教えてくれてもいいのに)  彼女もいなくなったし、暇なのだ。だからこうして伊織の家に遊びに来ている。話し相手になってほしい。 「えー、いいじゃん。教えてよ? 伊織って彼女とどんなことしてんの?」 「はぁ……。普通だ、普通。まあ、今は相手がいないけどな」 「ふうん。伊織もフリーなんだ」  はじめて彼女の話を聞いたなと考えて、疑問が湧いた。  雄大は雄大なりにデートコースを決めて女の子と出かけているのだけれど、伊織はどうしているのだろう。 (ていうか、普通ってなんだ?) 「あ、いいこと考えた‼」 「あぁ? なんだよ。うるさいな」  ぴょんっと勢いよく飛び起きて、伊織がいるベッドに膝をつく。ようやく伊織の視線が携帯から雄大に向けられた。 「伊織。オレと付き合ってみない?」 「はぁ⁉ 何言って……」  伊織はどう見ても驚いた顔をしている。当たり前だ。  雄大だって、男とは付き合うなんて考えたことはない。けれど、伊織なら慣れているし、近づかれても嫌悪感はない。デート、なんて言っても、友達の延長みたいなものだろう。 「だめ? オレ、伊織とデートしてみたい」  興味本位。だけれど、楽しそうだ。お願い、とにじり寄ってみる。しばらくして、伊織が携帯をベッドに置いた。 「はぁ……。わかった」 「やった! さっすが伊織!」  伊織に飛びついてぎゅうと抱きしめる。 「っ……、くるしいっ! やめろ、馬鹿!」  引きはがされたが、雄大は満足だった。 (面白そう)  これでしばらくは暇を持て余さなくて済むだろう。 ***
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