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7
「なぁ、さっきのいくらだった? オレ……」
店を出て歩き出し、伊織に聞いた。
半分支払おうと財布を取り出し、広げる。
「いいって」
「でも……」
いつも半分ずつ支払っているのだ。出してもらうわけにはいかないと言ったら、「デート気分を味わいたいんじゃなかったのか?」と言われた。
(そうだけどさ……)
「……えっと、じゃあ……、ごちそうさま?」
立ち止まってちょっとだけ頭を下げる。顔を上げて、これでいいのかなと首を傾げた。なんだか不思議な感覚だ。
「はいはい。どういたしまして」
頭の上に伊織の手が伸びてきた。ポンポンと頭を撫でてくる伊織から、聞いたことのない柔らかい声がした。
(え、なに?)
どう表現していいのかわからないのだけれど、くすぐったくてそわそわする。
手を引っ込めた伊織が歩き出す。
「飯も食ったし、移動するか。雄大、お前何したい?」
「へ?」
出遅れて数歩先に進んだ伊織に駆け寄った。
「だから、何したいんだ? カラオケ? 買い物?」
「んー。どうしよっかな? あ、オレ靴見たい」
「了解」
「あー、疲れたぁー」
伊織が鍵を開けてくれるなりさっさと玄関に入り、雄大は靴を脱いだ。一直線にソファに向かいドスンと座る。紙袋を床に置き、背もたれに身体を預け、グッと両手を斜め後ろに伸ばした。
「だろうな。はしゃぎすぎなんだよお前」
あとから部屋に入ってきた伊織が荷物を床に置いて、雄大の隣に座った。
「だって、やりたいこといっぱいあったんだもん」
手を前に戻し、紙袋の中を覗き込む。
昼に待ち合わせて昼食を食べ、買い物に行って、街をうろうろする。していることは友達として出かけるときとあまり変わらない。伊織は雄大のことを好きな女の子ではないから、当たり前と言えば当たり前なのだろう。
いつもは食事する店を決めたり、行き先を下調べしたり、相手を喜ばせるために色々と考えて面倒になってしまうこともある。けれど、今日は違っていた。
昼食を食べるところは伊織が決めてくれていたし、雄大が行きたいところに伊織はついてきてくれる。歩く速度だって気にしなくてもいいし、何より難しいことを考えなくていい。
(うん。楽だな……)
「ま、楽しかったならよかったんじゃねえの」
「うん……」
持っていた紙袋を床に置く。
楽しかった、のだけど、まだ足りない。
雄大は試したいことがあるのだ。
身体を斜めに向け、伊織の肩を掴む。
「雄大? どうし、うおっ……、何?」
ぐいと体重をかけ、伊織をの肩を強く押した。伊織の身体が傾く。
「デートしたら、次はやっぱこれだよな」
「は? ちょ、待て! 雄大、いったん落ち着け!」
この間、キスしたときに楽しそうだと思ったのだ。続きもできるのか、気になる。
「うわっ、伊織! 何す……」
「こっちのセリフだ、馬鹿。何考えてんだお前!」
顔を近づけようとしたら、押し返された。雄大の下から抜け出した伊織に怒鳴られる。
はぁ、と息を吐いた伊織に睨まれた。
(そんな怒んなくてもいいのに……)
「だって……」
試してみたいのだ。どこまでできるのか。
伊織は興味がないのだろうけれど、やったことがないことはやってみたい。
キスはできたから、その先もできるかと思った。だから、試してみたいのだと、思ったまま伝えたら、思いきりため息を吐かれた。
「馬鹿すぎる……」
右手で額を押さえて、伊織が何か言った。
うまく聞き取れなくて、「何?」と聞き返したら「何でもない」と言われた。
「やっぱだめ?」
伊織を見上げて、問いかける。できるかわからないけれど、してみたいのだ。
「はぁ……。わかったって。やりゃあいいんだろ? で、どこまでやりたいわけ?」
ぶつぶつと何か言ったあと、伊織が折れた。
何をしてみたいのだと聞かれて、答えに迷う。具体的なことまでは考えていない。ただ、どこまでできるのか興味があるだけだ。
「あー、うんと、そうだな……。オレ、伊織の触ってみたい。で、オレのもやって?」
「……あー、うん。わかった。じゃ、そこ寝て」
そのくらいならできる気がする、と言ったら伊織がベッドを指さした。
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