第一話 廃屋の彼女

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「ただの噂でしょ」と明日香は取りあわない。  無意識のうちに昨日見た影が頭のなかをよぎっていく。 「幽霊って、どんな?」思わず聞くと祐希が、 「髪の長い女の幽霊だって」  と応えるから、ますますきのうの面影と重なる。 「見たら呪われるとか、そういう話?」  明日香は早くもこの話題に飽きているようだった。 「そうじゃね? だって幽霊だし」  祐希が適当な返事をして、僕は嫌な汗がでる。そうだとしたら、僕もすでに呪われている のだろうか。 (いやいや、まさかね)  ただそれだけの出来事で終わるはずだった。でも、僕はふたたびその幽霊と会うことになる。  二度めに廃屋を訪れたのは、雨宿りのためじゃなかった。きのう見た影の正体を確かめたいと思ったのだ。ただでさえ臆病で怖がりなのに、そんなことをするなんて無謀にも思える 行動だ。でも、自分が呪われているかもしれないと思いながら過ごしていくのは嫌だった。  それに、祐希が話した幽霊ときのう見た影が同じだとは限らない。まったくの見間違いの可 能性もあった。怖いもの見たさに近い変な好奇心が湧いて、僕はその日の放課後、廃屋へ行くことを決意した。ふたりを誘おうか迷ったけれど、明日香は委員会があるし、祐希はサッカーの部活がある。それに「幽霊を見たかもしれないからついてきてほしい」なんて言えない。明日香のあきれた顔が目に浮かぶようだ。ついでに母親にも密告されるだろう。そう考えると、怖くてもひとりで行くのが妥当に思えた。  この高校に入学するとき、文武両道を掲げているのか放課後は委員会や部活動をするのが望ましいと言われたが、結局僕は帰宅部のままだ。初めはしぶい顔をしていた担任も、 「ひとり親家庭で母親が遅くまで仕事しているため、家事をしなければいけない」旨を伝えると、 「そりゃ大変だな」とあっさり引きさがってくれた。本当は同情の目を向けられるなんてごめんだけれど、役に立つこともある。  そのため僕は授業が終わると、荷物をまとめてそそくさと退散するのが常だった。  学校で授業をずっと受けてるだけでも大変なのに部活動までこなすなんて、みんなホントにタフだな、と頭の隅で思いながら。  家事があるのは本当だ。でも、僕が作れるのはごく簡単なものだし(野菜炒めとかカレーとか)二人暮らしだから取りこむ洗濯物も少ない。掃除だってほとんどしない。だから家事をするのは本当でもそんなに大した量じゃない。 幼い子供を抱えながら仕事をする世の中の母親の方が、僕よりよほど大変だろう。  担任はひとり親だから何かと大変だろうと慮ってくれたけど、僕は内心、この人は家事をあまりしないのかもしれないな、と左手の薬指の指輪を見ながら思っていた。  そんな経緯から入学当初から放課後は自由だった。結果はどうあれ、一度ひとつのことが気になると、確かめずにはいられないのも悪い性分なのだろう。
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