第一話 廃屋の彼女

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 一度家に帰って、制服から私服に着替える。なるべく目立たない黒のロングTシャツとカーゴパンツ。黒は汚れやすいかもな、と一瞬躊躇したけれど、そのまま着ていくことにした。  そんなに長い時間いるつもりはなかった。一瞬、確かめに行くだけだ。幽霊ならあまり早い時間にはいないのかもしれない。また出るとしたら日が暮れてからだろう。そう思いつつ、簡単に夕食の下ごしらえをした。今日はシチューの予定だから野菜と肉を切るだけでいい。家を出る頃には日が暮れ始めていた。きのうと同じ時間帯だ。わざと同じ時間を狙おう、と思っていた。そのときしか現れない幽霊もいるかもしれないから。 (これじゃあ、まるで幽霊に会いたがってるみたいだな)  そう思って苦笑する。  前に母親が言っていた台詞が脳裏をよぎっていく。 『幽霊でいいから会いたいね』  父親が死んだ直後だった。  そのときはまっぴらだと思った。どんな機会があったとしても、もう二度と会いたくないと。過去の記憶がせまって、一瞬目の前が暗くなる。  気づけば、廃屋は目の前だった。  ドアの付近にはきのうの水たまりが残っている。知らず鼓動が速まった。そこに幽霊がい るのか確かめに来たはずなのに、まわれ右をして帰りたくなる。  なんで確かめたいのか、本当は知っていた。でも、今その理由を考えることはできなかっ た。意を決して、一歩踏みだす。引き戸のドアは、触れると簡単に開いた。カラカラと乾いた音が響く。 (何を期待してるんだ、僕は)  幽霊なんていない。  いないに決まっているし、きっといない方がいい。子供のようにそう思う。それなのに相反するように動悸が速くなっていく。次第に目が慣れてくる。奥の方に目を凝らす。重く淀んだ空気が、一瞬だけ動いた気がした。でも、それはただの錯覚か幻影かもしれない。  そう思った矢先、暗い部屋の隅から呼びかけるような声がした。
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