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「また来たの?」
その声は、思いのほか高く澄んでいた。
まるで一気に冷水を浴びたような気持ちになる。声には少しあきれるような響きが含まれていた。とっさに何も言葉を返すことができなかった。また来たの?と問われれば、返す言葉が見つからない。そもそも幽霊に話しかけられるなんて事態は想定していなかった。
この廃屋に幽霊はいるのか。
確かめたいのはそれだけで、それ以上何かをしたいとも思っていなかった。
「何か落としもの?」
幽霊は予想以上に普通に話しかけてくる。その事態に僕は焦った。そもそもこの女の子は、本当に幽霊なんだろうか。暗いせいで相変わらず、ハッキリ姿が分からない。僕がポケットからスマートフォンを取りだすと、
「ライトは点けないで」
直後怯えるように、そう言う彼女の声がした。
「君はここで何してるの?」
僕は思わずそう尋ねた。
質問を質問で答えた形だ。彼女は本当に光を怖がっているようだった。だとしたら幽霊という憶測も間違ってはいないんだろうか。実際、幽霊を見たことがないから分からないけれど。彼女がもし本物なら、僕のささやかな復讐を果たすこともできるはずだ。それに、光を怖がるだけで思ったよりも怖くない。
「べつに。何でもいいでしょ」
そうふてくされる彼女は生身の人間と変わらない。僕は少し混乱する。今や恐怖よりも好奇心が勝っていた。それは彼女も同じなのか、
「人と話すの久しぶり」
そんなふうにつぶやいて、その声は喜びが混ざってるようだった。
(こんな場所にひとりでいるなら、やっぱり幽霊かもな)
僕はそう結論づけた。
そう思わないと、この状況を今は説明できなかった。僕がスマートフォンをしまうと薄闇のむこうで彼女が安心する気配がした。
「君は中学生?」
その問いに僕はムッとする。
身長が低いのがコンプレックスなのだ。
「高校生だよ」と応えると、
「ねえ、明日もここに来てよ」
くだけた口調で、彼女はそう言った。
「明日も?」
「もちろん無理にとは言わないけど」
「いいけど」
思わず即答してしまった。どうせ夜は誰もいない。話し相手がほしいのは、僕の方も同じ
だった。彼女はずいぶん奇妙だけれど、たとえ幽霊だとしても人を呪うような悪質なものとは思えない。
「じゃあ、約束」
彼女は無邪気にそう言った。
そのときは、彼女の正体を考えることもできなかった。僕がいったい何を約束してしまったのかさえ。
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