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父親が死んだのは、中学二年生のときだった。その日を境に、僕の日常生活は一変した。当たり前だと思っていたものは、実はものすご
いバランスで成り立っているものだったのだ。そんな真理を僕は若干十四歳で突きつけられることになる。僕は自分を特別、不幸だとは思わない。片親なんて全然めずらしくもないからだ。むしろ厄介なのは、周囲の余計な干渉だった。近所の人から何度も「かわいそう」と言われるたび、僕は同情が人の心を傷つけることを初めて知った。
それは一見、善意で覆われているから質が悪い。僕はそんな人々から一定の距離をおくことで、現実をやり過ごしていた。僕はそれまで、ごく平穏な家庭にいると思っていた。でも当の父親は、果たして一瞬でも幸せを感じていたんだろうか。そう考えて、首を振る。
いまだに何の解決もたどっていない気持ちだけが、汚泥のようにあふれてくる。それを止めるすべは「見ないふり」をすることだった。
見ないふり。何も感じないふり。
『幽霊でいいから会いたいね』
耳に残る母親の声。
いつしかそれは呪いのように僕の心に刻まれている。それを振り払うように、また強く目をつむる。
少しだけ開いている窓から夜気が心地よく入ってくる。眠れないのは考えごとをしてい
るせいばかりではなかった。今日見た彼女を思いだす。暗闇のなかにいた人間のような女の子。本当に幽霊だとしたら、聞いてみたいことがあった。まだ何ひとつ確かめられていないのに。母親は夜勤があり、帰ってくるのは朝方だ。
何度も何度も寝がえりを打ち、ようやくまどろんだのは明け方に近い時間だった。
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