第一話 廃屋の彼女

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「透流、顔むくんでる」  開口一番、教室で明日香に会うなりそう言われた。完璧に寝不足が祟っている。睡眠不足は体に悪い。 「なに、眠れなかったの?」  どうしてなんでも明日香にはお見通しなのだろう。そう思いつつ、返事の代わりに小さな あくびを嚙みころす。  文化祭のホームルームが進行しているところだった。クラスの出し物を決める議題。部活で忙しいから、なるべく楽で簡単に済ませたいと思う派と、凝ったことをやりたい派に明確に分かれている。僕はもちろん前者だ。できれば関わりたくないと思ってしまうくらいだけど、帰宅部である以上そうもいかない。先生はたやすく籠絡できる「家の事情」が、同じクラスメイトにはなかなか通じなかったりする。クラスの一員という名目は、時にとても煩わしい。すでに黒板にはさまざまな出し物の案が書かれている。カフェ、ジュースを売る屋台(これは楽そうだ)、演劇、そしてお化け屋敷…… 「透流は何かやりたいことある?」  無意識に「お化け屋敷」に目が吸い寄せられる。べつに、と口のなかで応える。明日香が首をすくめる気配。 『ねえ、明日もここに来てよ』  名前も知らない幽霊の声だけが脳裏の奥で響く。彼女は全然怖くなかった。最初だらしなく怯えたのが滑稽に思えてくるくらい。幽霊なんていないと思っていたのに。彼女は人と話すのが久しぶりだと喜んでいた。あの闇のなかでずっとひとりきりでしかいられないなら、それは本当の気持ちだろう。 「学校にいた幽霊って、見た人そんなにいるのかな」  思わずポツリとつぶやいていた。 「あんたも気になるの?」  あきれたように言われて、結局押し黙る。気になってしまうのは、廃屋で会う約束をしているからだ。 「出し物、もし決まったら教えて」  そしたら最低限、参加はしなければいけない。むやみに敵を作らない方が平和な学校生活 を維持することができると経験上知っていた。はいはい、と明日香が軽く応えて、幽霊について追及されないことにホッとする。明日香は勘が鋭いから。ざわついている教室のなか、少しでも仮眠をとろうと僕は少し目をつむった。
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