第十四話

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第十四話

 三十分くらい何もない砂混じりの暗い道を歩いてると、煌々と明かりがついている街の入り口にたどり着いた。  ――東葵花(ドォンクェファ)。  カイエが育ったスラム街だ。レイが居たのは、もう少し奥まったところにある道具屋街だ。レイの住んでいたところは管理データが杜撰なので、外者が来たところで金蔓の客として歓迎されるが、東葵花はシステマチックで少し排他的な場所。余所者は敬遠される。  頭上は春節を思わせる赤や黄色の飾り物が垂れ下がっていた。ここは年中こんな調子だ。何もめでたいことなんてないし、どちらかといえば将来に対して不安ばかり抱えている。外見だけ明るくしたところで何も変わらないのに、街の名、向日葵の由来通り賑やかだ。  歓楽街の東葵花は夜中でも明かりが灯っていて、昼間より夜の方が人通りがある。人間も住んでいるが、廃棄された自立型ロボットの方が多い。  レイとカイエが街の入り口に立った途端。歓迎か、あるいは警戒か、小型の虫みたいな機械がわらわらと足元に寄ってきた。電子音がけたたましく響き注目を浴びた。  カイエは、それらの「生物(ロボット)」を左腕の端末をかざして追い払った。多分レイたちが、この街の住人と認識させる偽造データでも送ったのだろう。  レイもカイエも元々はスラムの住人で外者だった。けれど今は西花の住人だから、スラム街の住人からすれば警戒対象だ。訪問意図を説明すれば追い返されはしないだろうが、相手するのが面倒だった。  一連の騒ぎが収まると無事に歓楽街に入れた。手を繋いで二人ネオンサインの看板下を歩く。人間は数えるほどしか見つからない。足元を走る自動操縦のロボットにばかりすれ違う。多くは廃棄された生き物だ。正しく動いていても、人のメンテナンスの手から離れた人工知能は、耐用年数が過ぎると暴徒となる。そうなれば、スラム街では潰して廃棄するしかない。 「こっち」 「あ、あぁ」  カイエに案内されるまま明るい表通りから、一本中に入ると空と同じ薄闇が広がっていた。蛍光灯の青い光は切れかかって、ほとんどが点滅している。  蔦の絡んだバラックの廃墟群。反対側は通りに面している店の裏側だ。ゴミ袋や廃品の生物(ロボット)が点々と積み上げて置かれていて雑然としている。  ボロボロの建物の壁面で、カラカラと換気扇が回っているところは、人が住んでいるのかもしれない。それが生きている人間か生物(ロボット)かは不明だ。この街には、まるで生身の人間と遜色なく動いているロボットがたくさんいるから。  カイエに手を引かれて、金網の扉を開け奥へ進んだ。着いたのは表通りに面した飲食店の建物。二階の入り口へ続く鉄錆の着いた階段を二人で登った。途中まで登ったところで二人だと壊れて落ちるかもしれないと心配したが、なんとか無事に二階へ辿り着いた。  白色のペンキが塗られた木の扉を開け内側に入る。鍵はかかっていなかった。 「なぁ、ここって」 「僕が住んでた部屋」 「へぇ」  それは子供の頃、西花に収容される前の家ではなく、つい最近までいた家なのだろう。  カイエがレイの元へ帰ってきてから、まだ少ししか経っていない。  電源も生きている。仕事に使っていたらしい機械の山と、簡易ベッド。床には上等な赤い柄物の絨毯が敷き詰められている。土足で上がるのを躊躇したが、カイエが気にせず部屋の中に入ったのでレイも続いて部屋に入った。奥には簡易だが浴室もあった。西花と比べると劣るが、そう悪くない暮らしに見えた。一角がUVランプに照らされた台所には食器類も綺麗に置いていた。その全部が一組。  レイと一緒に住んでいた部屋と比べると娯楽がなかった。温かい色合いで調度品が揃えられているのに、それが余計に物悲しく感じる。 「カイエさん、ここで何してたんだ? 飲食店で働く……は、ねーだろうけど」 「依頼品の修理とか。あとは、ラボから依頼された論文」  メンテナンスされない人工知能は暴走する。それを沈静化する仕事をして暮らしていたらしい。どうりで街中にお利口さんな生物(ロボット)が多いわけだ。 「ふーん」 「西花のお金を使うと面倒だから、ここで使うお金はここで稼いでいたよ」 「なるほどね」  天井は低くトタン屋根は換気口や配線が全部剥き出しだ。  それを見て、カイエの手作りだなと思った。電気屋じゃないと言う癖にカイエは言えば何でも出来てしまう。プログラムに性格が出るとカイエは言っていたけど、レイだってカイエの作ったものは分かってしまう。性格が出ていると思う。一見こんがらがって見える全てに意味があって、必要なところに正しく配置されている。過不足がない。 (ひとりで三年もここに住んでいたんだな)  寂しくなかったかって聞くことは罪の気がした。再会したときカイエはレイが迎えに来てくれるなら、嬉しかったと言っていた。  レイは、ずっと西花でカイエの帰りを待っていた。それと同じように迎えにきてくれるのを待っていたなら――。 「レイ、こっち」 「あ、あぁ」  部屋の中を見ながら一人物思いに耽っていた。呼ばれて行くと、カイエはクローゼットを開け服を二着出しベッドの上に置いた。 「レイ着替えて」 「き、着替えるって、これドレスじゃん」  レイのところに帰ってきたときもカイエは洒落た夜会用の中華服を着ていたが、それと同じ系統の遊び着だった。カイエはレイの返事を待たずクローゼットから出した黒の中華服に着替え始める。  ――カジノでも行く気か? 男物のドレスなんて着て。  綺麗に手入れされている。サイズもカイエとそう変わらないからカイエの服でも着られるだろうが、普段派手な服を着ないので恥ずかしい。 「別にジーンズで良くない?」 「食事するから。ドレスコードは無いけど、いかにも西花の人間みたいな格好していると目立つし、声をかけられたくない」  この街にそぐわない格好をしていると「何か後ろ暗いことをして生きている」と思われ距離をとられる。生きるために危ない橋を渡りたいと考える人間なら、格好など関係なく声をかけてくるだろう。しかし面倒ごとに巻き込まれたくないなら、遊び人の格好をしておいて損はない。  おそらく綺麗な格好をしておけば、対応も丁寧になる。 「ホログラムで誤魔化してもいいのに」 「僕の分はすぐに出せるが、今からレイの分作るより服を着た方が早い」 「まぁ、それは確かに」 「レイ、お腹空いているんだろう」 「え、まぁ、腹は空いているけど」 「なら、早く着替えよう」  街に溶け込むためとはいえ食事をする程度で面倒。でもボロボロの布っキレみたいな服か華美なドレスの二択ならドレスの方がまだ着る気になる。 「どうかした?」 「な、なんでもないデス」  カイエの着替えているところをなるべく見ないように努めた。けど、無理だった。傷ひとつない白い絹のような肌を、着替えながら、つい目で追ってしまう。 (だって、綺麗だし!)  多分スーツだって白衣だってカイエが着ているなら似合う。けれど非日常感も相まって変にドキドキした。胸元が少しレースで透けていて、変に色気を振り撒いている。カイエは一体どんな気持ちでその服を買ったのだろう。  誰かに見せるためだろうか。そのカイエの姿を誰にも見せたくないと思ってしまう。自分だけにして欲しい。 「似合ってんな、夜会服」 「どうも、レイも似合ってるよ。それレイのために用意した服だから。サイズぴったりだろう」 「え、なんで……」 「念の為かな」 「念の為……」  カイエの声をリピートしていた。  ここへレイが来たのは初めてだった。それで分かってしまった。カイエはレイをこの部屋で待っていたのだろう。胸が苦しくなった。  お互いが、お互いに会いたいと思いながら一人で過ごした日々。馬鹿みたいな話だ。  レイは臆病だったから。  カイエも、同じだったのだろうか。 「レイ、髪、結んでいい?」 「い、いいけど」  レイが真紅の上下服に着替え終わると、そっとカイエに手を伸ばされる。レイの少し伸びた茶髪を金色の飾り紐で横に流すようにまとめられた。いつもはその辺に転がっている紐だ。  レイの正面にある姿見に自分とカイエの赤と黒のドレス姿が映っている。 「派手だなぁ……。うわぁ、恥ずかしー」 「普段レイが僕にしていることだな」  確かに、もっと着飾った方がいい上等な服を着た方がいいと言って、昔からあれこれカイエに着せていた。それと同じかと言われると、ちょっと違う気がする。 「カイエさんは、別にいいよ。さまになってるしさぁ?」 「大丈夫、似合ってるよ、レイも」  まだ酒も飲んでいないのに、カイエに目を細められて見つめられると、それだけでくらくらした。
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