第十六話

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第十六話

 食事が終わって、暗い夜道を西花に向かって歩いている。さっきまで着ていた服はカイエの家で着替えて置いてきたし、おとぎ話でいうところの魔法が解けた状態だった。  けれど、まだ魔法が続いている気がした。楽しくて。ふわふわして。 (相当酔ってるな、俺)  なんだか、この時間が永遠に続けばいいのにって思っていた。 「まだ、怒ってるの? レイ」 「なんで」 「急に静かになったから」 「もう忘れたよ。俺、なんで怒ってたんだっけ」 「知らない」  また手を繋いで歩いていた。レイが繋いで欲しいって言ったわけじゃない。カイエの家を出るときに、階段のところで自然と繋がれていた。ふらふらの酔っ払いが心配だったのだろうか。  どうでもよかった。泣きたいくらい幸せだったから。  泣き上戸かもしれない。勝手に涙が滲んで足元がおぼつかない。つまづいてカイエの肩に額が当たった。 「何、泣いてるの?」  振り返って顔を覗き込まれる。レイは顔を横に振った。 「勝手に涙出てくるだけ」 「レイ。誰でもよかった訳じゃない。それは本当だから、泣くな」  ぎゅっと、手を強く握られた。  美味しい料理に、美味しいお酒。楽しい帰り道。何より自分とカイエの二人しかいない星空の下を歩いている。夢と現実の境が曖昧だった。 「やっぱり帰りたくないなぁ」  カイエの手をぎゅっと握り返していた。 「カイエさんがいたら、俺、他に何もなくてもいいよ」 「……酔いすぎだね、怒って、泣いて笑って、忙しいな」  カイエは苦笑した。 「酔ってるけど、俺もホントだから。ねぇ、カイエさんは?」 「そうだね。僕は、あと、レイの作った庭は欲しいと思っている。――綺麗なんだろうな」 「う、嘘だ。い、一度も見に来てないのに」  レイは、その場で立ち止まりカイエの手を引く。  まるで駄々っ子だ。  不思議だった。もう家族じゃないのに、出会った頃と同じように好き勝手に話せている。なんでも言いたいことが言えた。 「それは、お前が招いてくれないからだな」  静かな声だった。 「だって、それは、まだ。カイエさんにぴったりのバラ園じゃないし、呼ぶつもりは、あって……」 「そう、良かった。僕は待ってるよ。ずっと」  その言葉だけで安心した。何も変わっていないって思えたから。 「……分かった。うん。待ってて」  今歩くこの砂の道はカイエの作った道だった。   何もない道は、カイエの罪の跡だ。 「ねぇ、カイエさん。ごめん」 「何が」 「俺、三年間、何もお前に出来なかった。一人にした。迎えにも行けなかった、ごめん」 「僕が一人で勝手に逃げただけだよ」  この現実味のない世界でなら伝えられると思った。 「帰ってきてくれて、嬉しかった。頼りなかった、から、おれ、カイエさんに捨てられたって」  カイエは目を見開いていた。  情けなかった。家族としてカイエを支えることが出来なかった。やっと言葉に出来た。 「レイは、ずっと僕を支えてくれたよ」 「何もしてないのに」  カイエは歩きながら、ゆっくりと首を横に振る。 「僕はね、レイが居てくれる、それだけで良かったんだ」  カイエは、その場で静かに笑っていた。 
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