第二十一話

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第二十一話

 再びレイは第七階層に来ていた。普段なら夜間でも中央研究所に職員は残っている。しかし、レイが研究所に足を踏み入れたとき、その場には誰もいなかった。  人の気配どころか音もなく周囲に異様な空気が満ちていた。二十四時間、明るいエリアだけに一角でも薄暗い場所があると違和感を覚えた。  レイはカイエが所属しているラボの部屋へ向かって長い廊下を歩く。どのゲートを通っても入退出システムは全て赤いエラーが表示された。それなのに誰もレイが通ったゲートの確認に現れない。  建物のシステム全体が眠っているようだった。焦る気持ちから、レイの歩調は自然と速くなる。 (やっぱり、カイエさん。西花に何かするつもりなんじゃ)  レイはカイエのラボの前まで辿り着くと、入り口の在籍名簿を確認した。ランプはカイエとナギのものが点灯している。  ――やっぱり戻ってたのか。  そう思った次の瞬間だった。  首筋にちくりと小さな痛みが走った。 「ッ、あ」  レイは、小さなうめき声をあげる。 「来てくれたんですね。ありがとうございます」  それがナギの声だと気づいたとき。レイは意識を失っていた。  目覚めたのは大きなモニターのある広い空間だった。モニターは天井の高さまであり、近くの操作板の前には人影が見える。  明かりは正面の巨大モニターのものだけで周囲は薄暗い。青白い光が一定感覚で点滅していた。無機質な部屋には電子音が小さく響いていた。  何かの実験が繰り返し行われているように見えた。次第にレイの意識が鮮明になっていく。  モニターにはコンソールが表示されていて、絶えずプログラムの実行ログが流れていた。 「目が覚めましたか」  人影はナギだった。白衣姿で振り返ったナギは上機嫌に見える。青い瞳がキラキラと光っていた。レイの思考が正常に戻っていくにつれ、目の前の光景と記憶がリンクした。  レイはこの場所を知っていた。  子供の頃に何度も通っていた場所。鎖(チェイン)システムの定期検診。  ――サイガ博士のラボルームだ。 「……何をしている」  鎖に異常に執着しているナギに嫌悪感を覚える。レイの声が勝手に刺々しくなった。 「何って、実験ですよ」  レイは背もたれのある診察用の椅子の上に座っていた。胴体を椅子に拘束され、手は後ろで電子ロックのかかった手錠をかけられている。手を動かすとガチャガチャと不快な音が空間に響いた。足以外、身動きが取れない状態だった。 「レイさんたちが、この場所で定期検診をしていたのは、十五歳くらいまででしたか?」 「それが?」 「ログを見る感じだと、その頃から研究者たちは鎖に興味をなくし始めたようです。レイさんは、その件について何かご存じですか?」 「鎖の研究は、もう誰もやっていないんだろう」  レイはナギの質問を無視して問いただすように言葉を続けた。 「そうですね。でも個人的には非常に興味があるんですよねぇ。あのカイエ博士が関わっていたから余計に、ね。気になって。少し前研究データにアクセス権つけさせてもらいました」 「鎖は、無意味な研究だって、もう証明されてるだろう」 「本当にそうでしょうか?」 「は?」  レイは不機嫌さが滲む声を出す。 「私が鎖のデータにアクセスした日。カイエ博士は突然、西花へ戻って来た。もちろん、私はカイエ博士に会いたかったので願ったりでしたけどね」  カイエは、外スラムにいる間も鎖の研究データを見張っていた。レイはナギの言葉に内心戸惑う。  何故か。  その答えが知りたい。知らなければいけないと思うのに、その先を聞くのが怖かった。 「どうして俺をここへ連れて来たんですか?」 「見た通りです。鎖システムの実験、私は、その続きがしたくて」  コツコツと靴の音が響く。ナギがレイの拘束された椅子に近づいて来た。  ナギは手を伸ばしレイの首筋に触れる。 「協力、してくれますよね」 「嫌だと言ったら」 「力ずくで?」  その手の冷たさに得体の知れない恐ろしさを感じた。ナギと素手で殴り合いなら勝てる自信があった。  けれど体を拘束されている以上、殴って反撃は出来ない。 「ねぇカイエ博士って、すごいですよね。飛び級して、十代で鳴り物入りでラボに所属して。私ずっと彼に憧れてたんです。カイエ博士の研究データは全て目を通しました。あれが天才の仕事なんだなぁって、私なんかじゃ一生到達できない領域だ」 「あぁ、そうかよ。本人に言ってやれよ」 「言いましたよ。でも褒めてもそっけないんですもん、彼。本当にレイさんにしか興味がないんですね」 「だから?」 「あなたは違うんですか?」 「だから、何がだよ」  レイは眉間に皺を寄せる。 「カイエ博士のことが、好きなんでしょう」 「ッ、それが、この拘束と関係あるのかよ。鎖研究には興味はない」  にこりと底の見えない微笑みを返される。 「カイエ博士が三年前、完全な鎖を完成させていたのなら同じことをやってみたい。そして、私は憧れたカイエ博士と、この研究を続けたい」 「そんな、もの」  レイは戸惑いの声を上げた。 「博士が作ろうとしている世界を共に作りたい。だって面白そうじゃないですか? 完璧な鎖が支配する国」  ナギは興奮を露わにしてレイの周りを歩き回っている。 「安心で安全な国を作ろうとした、当初の国家プロジェクトが達成される」  レイはナギを睨みつけた。 「理由を話したんですから、協力してくれますよね?」  ティエが言っていた。心を自由にプログラム出来る鎖。  それを使ってカイエが何かを企てている。その企てにナギが興味を持って近づいた。理由は分かった。 「そんなの嫌に決まってるだろ、二回も同じ実験なんて」 「大丈夫ですよ。あなたは実験体としてとても優秀なんです。十歳の時に一回、二十歳の時にカイエ博士に打たれた一回。二回も精神と肉体に干渉されているのに、未だに心身ともに健康。タフなんですねぇ」  ナギは感心したような声で言った。 「一回目で壊れている人間もたくさんいるのに」 「褒められても嬉しくねぇーよ」  例えナギがカイエの企てを全肯定していたとしても、レイは盲目的に協力したいとは思えなかった。 (だって、まだカイエさんの口から何も聞いていない)  百歩譲ってカイエにおもちゃにされるなら体を許してもいいが、よく知らない人間なら話は別だ。それが、どれほど安全だと証明されていようと同じ。  モルモットのように扱われる不快さと恐怖は経験した人間にしか分からない。 「そうだ、レイさんに、もう一つ、いいことを教えてあげましょう」 「なんだよ」 「鎖を消去、なんて、そもそもあり得ないんですよ」 「は、どういうことだよ」  話に食いついたレイに、ナギはニヤリと笑った。 「一度体に打たれた鎖を消去する。博士が本当に、それをやったのなら、どこかに必ず綻びや障害が残る。それが貴方みたいにタフな人間だとしてもね」 「綻びって」 「鎖は、精神と肉体に付ける傷みたいなものです。どれほど丁寧に扱っても理論上、綺麗に消すことは出来ない。人間の頭のバックアップなんて取れないですし、同様のニューラルネットワークを再構築するなんて狂気の沙汰ですから。それがもし出来たとしても本物に近いただの紛い物だ」 「お前が何を言いたいのか全然わからないんだけど」  仕方ないですねぇ、とナギは小さく息を吐く。 「レイさんに使った鎖は「家族」です。子供の頃、打った時点では一部の感情に変化を与えたに過ぎない。研究者の想定では、そこから人間の持つ本能と修復機能で、通常の人間と同じように社会生活が送れる予定だった」 「送ってたっつーの。普通に社会生活」  身体検査は、ずっと行っていた。  不調はなかったし、何不自由なく今日まで生きている。 「でも、レイさんカイエ博士以外に、好きな人いなかったんでしょう? それは、今も。鎖を消したのに? 愛情だけ残っているのって、変ですよね。それが鎖の傷です」 「それは……」 「消した、のではなく。違う鎖が今、レイさんに打ち込まれている可能性はないですか? より強固で、便利な、自分にとって都合のいい、扱いやすいソフトを肉体に上書きした」 「っ……なにを……言って」 「博士があなたを元に戻した、と考えるより、そっちの方が私は信じられる」 「違う……俺は」  ナギの言葉を聞きたくなかった。それが正解のように感じる。絶対に違う。今の自分は、自分だと思いたい。  レイが愛していると感じている気持ちは、本当に自分の心なんだろうか。 「だから、私が知りたいのは、博士が三年前、レイさんに何をしたか、です」  いつも行われていた定期検診なんて、ただの問診だった。  最近楽しいことはあった? 学校の勉強はどう?  そんなくだらない質問の合間に、時々胸が苦しく、不安になる質問があった。  ――好きな人はいる?  ……好きな人? カイエさんが好きだよ?  レイが、そう答えるとラボの研究員は、肩を落として残念そうな表情を浮かべていた。  一番の好きをシステムで奪った。  その代償に人間として当たり前の「他人への関心」を抱かなくなった。レイの世界は家族だけになった。その状態が実験の失敗だったと、そのときのレイは知る由もなかった。  ――家族さえいれば幸せだと、思っていた。  恋なんて知らなかった。  レイには必要なかった。  カイエがいたから。  他には、なにも。要らなかった。 「ッ、違う。俺は……今、ちゃんと、自分の気持ちを……」  カイエのことが好きだ。愛している。一人の人間として。  鎖がなくなって、カイエを他の人間と同じように愛せるようになった。  生まれて初めて恋をした。狂おしいほどの欲を知った。  もし、これも鎖で壊された結果の偽りの心だったら。  頭が割れるように痛い。  自分という人間の感情がどこまで本物のままなのか。どこから、正しく自分の心だったのか。分からない。 「ね、分からなくなったでしょう? どこまで元通りに自分の感情が取り戻せているのか。今、違う自分になっている可能性はないですか? まるで自分が、ロボットのようだ、と感じたことはありませんか?」  心当たりに震えが止まらない。 「ッ、ぁ……」  ナギにそっと耳元で囁かれる。 「もう一度、十歳のときにあなたが打たれた鎖と同じものを打ち込んでみましょうか」  忘れもしない。鎖を打ち込んだとき使った鉄筒のような物体を見せられる。 「ッ、やめ……ろ」 「これを打って、もし今の貴方の感情が綺麗に消えたなら上書きです」 「いや……だ」  今の気持ちを失いたくない。  カイエのことを大好きだと、愛していると思えた感情を。  それが、偽りだったとしても。 「そして、あなたの気持ちが残ったまま、以前と同じ家族の感情を取り戻せたなら、正しい鎖ですね。さて結果は、どちらでしょう? あぁでも、今度こそ、レイさんは壊れてしまうかもしれません」  ナギは巨大モニターの前に戻り、鎖システムを起動した。 「もし、これが成功したら。博士は私を企ての仲間に入れてくれますかね」 「しるか、よ」  レイは力無く吐き出した。 「博士はラボの人間を恨んでいたのでしょうね。人の心を自由に操ろうなんて考えていたのですから。だから上書きした。要らない部分を綺麗にして正しいデータを入れた」  カイエは絶対そんなこと考えていない。違うと否定したいのに自分の思考が信じられない。 「一人鎖の研究を続け、博士は日々西花への恨みを募らせていた」 「違う……カイエさんは……」 「私なら、博士のことを理解してあげられる」 「ッ、やめ、嫌だ」  ナギがレイの前に立った。ナギの口の端が綺麗に上がる。 「覚えているでしょう。大丈夫です。痛みは一瞬ですから」  目を閉じ、衝撃に備えていた。  けれど、いつまでたっても痛みは訪れなかった。代わりによく知っている手の温もりを感じた。 「……やめろ、ナギ」  ぽつり、と静かな声が降ってくる。 「っ、カイエ、さん」  レイが目を開けると、そこにはカイエが立っていた。  ナギが持っていた機械とレイの首の間にカイエの手が差し込まれていた。 「ナギ、お前は一体、何をやっているんだ。僕は仕事をしろと言ったはずだが、遊ぶためにラボに入ったのなら辞めていただいて結構だ」  白衣姿のカイエは、この場所まで走ってきたのか息を切らしていた。余裕のない焦った顔をしている。 「カイエさん、今、手……鎖、打ち込まれて」 「大丈夫だ。レイ」  ナギが手に持っていたのは家族の鎖だった。カイエの手の甲は赤く跡がついている。おそらくシステムは発動している。 「博士、邪魔しないでくださいよ。せっかく、もう一度二人を家族にしてあげようと思ったのに」 「そんなことを私は望んでいない」 「ねぇ、博士。いい加減本当のことを教えてくれてもいいでしょう。あの日、何をレイさんにしたのか、私、隠されると余計に気になるんです!」 「ガキかよ」 「ガキで悪かったですね!」 「五月蝿い。耳元で喚くな。お前には関係ないと再三言ったはずだが」  ナギに鎖をうちこまれたはずなのに、カイエは何も変化が起こっていないようだった。思い出してみれば、再会してからもカイエの態度は家族だった頃と何も変わっていなかった。  レイが一人だけ変わったと感じていた。 「資料は送ったでしょう。カイエ博士にもメリットは十分にあると思います」  ナギは、そう言って妖艶に微笑んだ。その得体の知れない感情にレイは震える。 「あんなくだらない研究をして僕にデータを送りつけてくる暇があるなら、もっと仕事を増やそうか?」  カイエは終始ナギにそっけないままだった。 「……ッ。――じゃあ、私じゃなくてレイさんに説明してあげてください。黙ったまま鎖を打ち込んで、三年も姿を消すなんて可哀想だとか思わなかったんですか」  ナギは諦めずに追求を続けた。 「ナギ、お前が言うな。……そんなことは百も承知でやった。昼間も説明しただろう。レイのためだったと」  レイは顔を上げ、カイエの灰がかった緑の瞳を見つめた。自分だって説明して欲しいと思っている。もちろん、こんな形ではなく二人で話したかった。  大きなため息のあとカイエは渋々といった体で口を開いた。 「――三年前、レイの鎖を解いた。それはナギが考えている通り事実だ」 「じゃあ心を操る完全な鎖。それを作った目的は西花への復讐ですか、それなら私も協力しますよ!」  ナギは自分の胸に手のひらを置いてカイエに訴えた。カイエは首を横に振った。 「バカなのか? なんで僕が、そんな面倒なことをしなければいけない。どういう思考回路をしていたら、そんな結論に辿り着くんだ」  思ったより、馬鹿なんだなとカイエは息を吐く。 「な、なんでって、倫理的な問題への反発だとか、自分の体をモルモットにした国への復讐だとか、そういうのないんですか。普通の人間なら何も出来ないし端から諦めますけど、カイエ博士だったら」  カイエは呆れたように目を細めていた。 「――復讐なら既に終わっている」 「終わっているって……何をしたの、カイエさん」  身動きが取れないレイは、隣に立っているカイエの体に自分の頭を押し付けた。 「何ってお前も分かっていると思っていたが。鎖がいかにくだらないものか、僕たちの体をもって証明しただろう」 「しょう、めい?」  レイが疑問を口にすると、ふっ、とカイエは息を吐くように笑う。  そこにいたのは、長年共に暮らし、研究者たちに皮肉ばかり口にしていたカイエだった。何も、何一つ変わっていなかった。 「どういうこと、ですか」  ナギが不思議そうに首を傾げた。 「僕らをおもちゃにした研究者たちを、僕が十年かけておもちゃに仕返して遊んだ。研究者にとって一番腹が立つのは、仮説通りの結果が出ないことだ」 「それは、そう、かもしれませんが、じゃ、じゃあ三年前、ここから出て行ったのは、心を操る鎖なんて、非人道的な研究に手を染めて、何か悪事を行う前触れじゃなければ」 「そもそも僕は、そんなものは作っていない」  カイエは、真っ直ぐな目でナギに言い切った。 「そっ、信じられませんねぇ。現に、レイさんの家族関係の鎖は消えているでしょう」 「僕は、レイの鎖を()()()。それ以外のことはしていない」  レイは口を開けたまま何も言えないでいる。 「ナギ。忘れているようだが、僕は鎖の研究者じゃない。人工知能の研究者だ」 「それは、知っていますけど」 「僕が作ったのは、レイの行動パターンをモデルにして、レイの思考の修復をしただけだ。鎖が解けたのは、副次的な結果でしかない」 「は、正気ですか、そんなこと」  ナギは目を丸くしていた。 「レイと過ごした時間は十分にあったからね。彼のサンプルデータは膨大にあった」 「く、狂ってる。たった一人の人間のために、そんな」 「狂ってるのは元からだ。問題ない」 「いや、でも本質的には、心を操ることが……」 「確かに理論上は出来るだろうな。この地球上の人間すべてのパターンを解析すれば。で、なんのために? 馬鹿馬鹿しい。僕は、レイのためだけに、レイだったから自分の頭と時間を使っただけだ」  ナギは、その場で力尽きたように床に座り込んだ。 「――ナギ。これで気が済んだか」 「え、えぇ。あなたが私が想像していた通り、天才だったってことが」 「バカと言ってるつもりなら、その通りだな。移りたければ他のラボに行けばいい。ただ、お前が娯楽のために鎖の研究を継続するというのなら、僕は、その研究が無駄と証明する用意がいくらでもあることをお忘れなく」 「冗談でしょう。カイエ博士が味方になってくれるなら最高の研究テーマでしょうが、何をやっても反証データを突きつけられる人生なんて死んだ方がましです」 「分かっていただけてよかったよ」 「一つの国を崩壊させるより、あなたの研究を手伝っている方が、よっぽど面白そうだ」 「そう。なら好きにしろ」  カイエはレイの手首と胴のロックを解除すると、左手を掴んで立たせてくれた。  その場で、よろめいてレイはカイエに抱きついてしまう。  顔を上げるとカイエは、呆れたような表情をしていた。 「レイ。僕は、寝ろと言ったはずだが? 薬も飲ませたのに。なんで中央に居る」 「……う、か、カイエさんが、いなかったから。隣にいるって言ったくせに」 「それは、ごめんね。一人寝が出来ない赤ちゃんだとは知らなかった」 「っ、そ、そうじゃ、なくて!」  心配だった。  カイエが、また一人で何かをするんじゃないかと思った。  今度は置いて行かれたくなかった。そのことしか考えていなかった。 「――悪かったね」  ぎゅっと手を握ったら思いが伝わったのか、今度は素直に謝ってくれた。 「そこの無能が、この件で仕事を増やしてくれたから謝罪と根回しに行っていた。これだから部下なんて要らないんだ。仕事ばかり増やされる。一人で研究していた方がいい」 「いや、そこまで、言わなくても」  レイは、床に座り込んで項垂れているナギに視線を向けた。  やり方はどうかと思うが研究者として惚れ込んで貰えるなんて本望じゃないのだろうか。 「もう、死体蹴りやめてくれませんか。私の三年間のワクワクを返して欲しいです」 「それは、お前が自分の意志で時間を無駄にしていただけだろう」 「そう、ですけどぉ」  カイエは白衣のポケットの中から、データチップらしきものをナギに投げた。 「なんですか、これ」  ナギはそれを両手でキャッチする。 「くだらないが、よく調べていたよ。添削しておいた。まだ、興味があるならみればいい。ただ、ナギ、もっと別のことに頭を使え。時間の無駄はこれで最後にしろ」 「あ、……りがとう、ございます」  ナギは目を丸くして、カイエから渡されたデータを見つめていた。
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