最終話

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最終話

 * * *  ――家族が欲しかった。  そんなレイの願いをカイエが叶えてくれた。  鎖が解かれるまでは、長い長い家族としての蜜月だったと思う。他に欲しいものなんて何もないと感じるくらいに。  幸せだった。  今度はレイがカイエの願いを叶える番だった。  カイエにとって「花がある庭」は雑談程度に言った願いだったかもしれない。けれどレイはカイエの願いをずっと覚えていた。レイもカイエと同じように西花の外にある広大な荒地に花や木があればいいと思っていた。  二人の夢。  カイエの希望で、レイの希望。二人を繋ぐ大切な思い出だった。 「どう、俺からのプレゼント。初めて庭に来た感想は」  地平線の彼方、遠くまで砂地が続いている。けれど、この場所には花があり木がある。  生垣を通り抜けた場所には、カフェのように白木の丸い机と揃いの椅子を置いた。周囲には赤いバラが美しく咲き誇っている。  レイに促されて椅子に座ったカイエは、美しいバラ園よりも遠景にある砂地を見ているようだった。  乾いた風がカイエの細い髪をやさしく揺らしている。 「……何だか本当の魔王さまになった気分だな」  少しの感傷を口にしてくれることがレイは嬉しかった。一人で痛みや罪を抱えられるよりは、ずっといい。守られるだけ、愛されるだけの存在でいるより、よっぽど幸せだった。  カイエの痛みも苦しみも、レイは同じように感じたいと思っている。  鎖がなくなってからレイは貪欲になった。多分カイエが魔王さまなら、レイは大魔王さまだ。 「お前のイメージぴったりだよ。ここの赤いバラ全部。気障ったらしくて、かっこつけで、傲慢で」 「そんなふうに見えてたのか」 「ラボで初めて会ったときは、そう思ってた。全然、俺と気が合わなそうって」 「ひどいな、僕は、レイくんのこと可愛いって思ってたのに」 「嘘つけ」 「嘘じゃない。本当だよ」 「あと、こいつは俺のもんだって思ってたよ」 「――それは、同じ」  カイエはレイの顔を見て目を細めて笑った。 「じゃあ魔王さま、次は何をお望みですか」 「次?」 「そう。別に、なんでもいいぜ。西花が飽きたなら、外で暮らしてもいいし。付き合うよ」 「しばらくは、研究を続けたいけど」 「そう。じゃあ頑張れ」  レイが西花に一人で住んでいたのは、カイエの帰りを待っていたからだ。カイエが国の外へ行きたいと言うなら、外で暮らしたっていい。むしろそっちでいる方が、お互い性に合っている気がする。  レイはカイエのいる場所なら、どこだって楽園だ。  カイエが座っている椅子の隣、腰をかけられるほどの石がある。  レイは、そこへ寄りかかるようにして座った。  家族が欲しい、美しい庭が欲しい。  お互いの欲しいものを与え合った。 「ところで、あれか、お前の白衣の上で寝ていた猫って」  生垣の影に猫が二匹いた。番だろうか、前に見たときと同じように仲良くくっついている。 「そう、住み着いちゃったのかな。って、あれ? 子猫いるじゃん」  よくよく目を凝らしてみると、二匹の猫の間には子猫が三匹いた。子供が産まれたらしい。レイは、それをほのぼのとした心地で見つめていた。  穏やかな時間が流れている。  少し前まではこんな日が再び訪れるとは思ってもいなかった。 「……いいな」 「え、猫? カイエさんって猫好きだったの? けど飼うなら、やっぱり西花の外じゃないと……地下じゃ動物は飼えない」  カイエは、くすりと口元に手を当てて笑った。伸ばされた右手、小指同士を絡ませて繋ぐ。 「レイ」  一際、強い風が二人の間を通り抜けた。  赤い花びらが、ひらひらと青い空に舞い上がった。その赤と眩しい青空のコントラストが目に焼き付く。  何年も、何年も見ていたカイエなのに、まだ知らない顔があった。  レイが一生かかっても解けないような問題を、嬉々として解いているときの表情に似ている。何か心を躍る楽しいことでも思いついたような瞳。 「お前と二人きりの番にはなったけど。別に、番と家族、両方手に入れても悪くないよな」 「な……何言ってんの、カイエさん」  カイエは「あれ」と言って子猫を指差した。 「じ……人工知能の研究者だよね」 「別に、まだ僕も若いし、一つの研究で終わらせるつもりはないよ」 「え、まって、何する気。いや、倫理的な問題とか、色々」 「欲しい、な。レイの……」  妖艶な瞳で見つめられ、優しく口付けられた。その甘い甘いキスに翻弄される。  欲しいものは、全て手に入れる。本当の魔王さまの顔をしていた。  花いっぱいの庭の次に手に入れるものは、もう、決まったらしい。  終わり
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