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どのくらいの沈黙の時間が続いたのだろうか。普段話をしない人と二人(厳密にはバスチアンもいるのだが)になると気不味さから数分の沈黙でも何時間のものに感じる。しかし父上から話をしようと言い出したのだからこの場を辞することもできない。まぁそもそも自室なので部屋を出てどこに行くのだという話なのだが。 そんなことをグルグルと考えていると、急に目の前に影が差す。室内で明かりもついているのに不思議に思い思考の海から浮上してくると、予想外に近くにいた父上に驚く。 ぎゅっ……… 「ユエル、すまなかった」 「父、上?」 興味がないのだと思っていた相手からの突然の抱擁に思考が停止する。 「言い訳になるだろうが、話しを聞いてくれるか」 しばらく抱きしめられていたが、ようやく開放されるとともに、真剣な眼差しでそう聞いてくる父上に対して、言い訳など聞きたくないという気持ちと、今までの行動に理由があるのならば知っておきたいという気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになる。しかし怒るにしても一度くらいは理由を聞いておこうと思い、静かに頷く。 「ありがとう。……母であるマリアのことは先程少し話したな。私もマリア同様ユエルの誕生を喜んだ。ユエルを産んだ直後はマリアも少し持ち直してな、このまま二人共健やかに過ごせるように祈ったものだ。………しかし、やはり無理が祟ったのだろう、出産から2週間程経ったころ、マリアは息を引き取った。始めの頃は私がマリアの分もユエルを守らなければと意気込んでいた。しかし、色は私を受け継いでも、面影はマリアのもので、成長するにつれ、どんどんマリアに似ていくお前を見ることが、段々辛く感じるようになってしまった。その時は幸いにもハムザ、エイデンと二人をしっかりと教育してくれたバーンズ夫人がいるからと任せてしまった。まさかマリアの死と私が教育を任せたことをあのように捉えているとは…謝っても済むことではないだろうが…すまなかった、ユエル」 そう言うともう一度しっかりと抱きしめられる。父上も最愛の妻を亡くした辛さがあったことを知ることができたが、それを理由にずっと放置されてきたことは直ぐには許せそうにない。しかし、今抱きしめられている暖かさに、今大部分を占めている幼いユエルの感情が爆発し、自然と大粒の涙が大きな瞳からこぼれ落ちる。 「うっ、ひっ、ひっく……うぅぅぅぅ、うあぁぁぁぁん!」 父上や兄達は勿論、大勢の使用人からも見放され、バスチアンは親身に寄り添ってくれていたがそれでも使用人という立場から抱きしめるというようなことは出来なかった。このように誰かの体温を感じることは、覚えている限りで初めてに等しい。優月であった頃を思い出してからは、外の世界があり、皆が自分を嫌う訳では無いとわかったが、それまでは屋敷の中が世界の全てであった。 人の温もりを、自分を思ってくれる、愛してくれる人を求めていたユエルにとって、この抱擁が何ものにも代えがたい大切なものであった。
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