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と、張り切っていた時がありました。庭、広すぎた。もう庭と言わずなんたら緑地公園とか言ったらいいのではないだろうかと思うレベルの広さだ。 始めはバスチアンもついてこようとしていたが、所詮は庭だと高を括り1人で散策すると言った。少し心配そうなバスチアンに、心配性だなぁと思っていたが、これは道に迷う。途中からそれに気がついたためそれ程遠くには行かず、屋敷が見える範囲で散歩をしたのはきっと正解だろう。今は疲れ切ったので、大きな木で出来た木陰に座り込んで休憩中だ。 「疲れたけど、いい天気で気持ちいい」 午後の麗らかな日差しを遮る木陰は、周囲の景色をより明るく見せ、気持ちが穏やかになる。きっとバーンズ夫人から解放されたことも一つの要因だろう。 「ふっふ〜〜ふーふふふっ、ふんふふふ〜ん」 そんな気分の良さからついつい前世で歌っていた曲が鼻歌で出てきた。穏やかな気候の中で伸び伸びと歌を口ずさむのはいったい何時ぶりだろう。少なくとも歌うことは前世の記憶を思い出した1週間程前で、それほど昔ではないはずだが、酷く懐かしく感じる。 (あぁ、そういえば前世でもこんな青空の下で歌ったのは学園祭以来か) 中学から軽音楽部に所属し、そのままのメンバーで高校へ進学した。大学は流石にバラバラになったので、高校の学園祭を終えてからはずっとライブハウスで歌っていた。こんな解放感を味わうことができるのであれば、もっとライブハウスだけでなく、夏フェスのような屋外ステージでも歌う機会を作ればよかった。デビュー出来たらなんて言わずに、もっと色々な所で歌わせてもらえばよかった。 そんなことを考えていたら先程まで明るい曲調だった鼻歌が、ローテンポの物悲しいものに変わっていく。 「ーーー♪~〜ー♪ー〜♪〜〜」 その時ガサリと近くの草むらから音がなり、我に返る。音のした方を向くと、バツが悪そうな顔をした少年がいた。 「………誰?」 「あ、す、すみません。とっても素敵な歌だったのでつい覗きにきてしまって!俺、ここの庭師見習いで、あの、えっと……」 きっと名前を聞いても分からないだろうが、とっさに誰か尋ねると、しどろもどろになりながら庭師見習いと名乗る。しかしユエルはその前の素敵な歌だったというフレーズに一瞬キョトリとしながらも、前世の自分がここでも認められた、素敵だと言ってくれる人がいたことに嬉しくなる。 「……ふふっ、素敵だった?鼻歌だけど」 「!はい!なんかちょっと寂しそうな感じだったけど、澄んでるっていうか、空に飛んでいきそうっていうか…す、素敵でした!まるで宮廷楽士様みたいで!」 「そう?ありがとう。……そっか、宮廷楽士か…うん。ありがとう」 二度もお礼を言われたことに不思議そうな顔をするが、ユエルがそろそろ戻ろうと腰を上げると慌てて頭を下げる。 「あぁ、そうだ。知ってるかもしれないけど、僕はここの三男のユエルだよ。素敵なお庭にしてくれてありがとうね。今後ともよろしく」 「!あ、ありがとうございます!親方に伝えておきます!」 庭師見習い君が来てくれたおかげで、前世の記憶に囚われていた思考がスッキリとした。今からの夕食の時にでも父上にさっそく願い事を伝えてみようか。
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