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「お話の途中ですが、少しいいですか?」
「お前は黙ってろ!」
「はぁ、なんだユエル」
「父上!」
「お前はなぜ話しかけてきただけのユエルにそうもきつく当たるのだ」
「………」
ギッと睨みながらエイデンに声をかけられるが、父上が尋ねると、突然暴れ出したのでも、声を荒げてもいない人に対しての反応ではないと、先ほどの質問をしただけて鞭で叩かれる話が頭をよぎったのだろう、些か悔しそうに唇を噛む。
それを見ながらユエルは椅子から降り、唐突にエイデンに対してボウアンドスクレープを披露する。
「兄上、今の挨拶、何かご指摘の点はありますか?」
「はぁ?なんだ突然。それが僕と父上の会話に割り込んでまでしなければいけなかったことなのか?全く、これだからお前は」
「兄上、答えてください」
「っ!」
淡々と、無表情で答えを促したからか、エイデンがビクリと一瞬体を震わせて口をつぐむ。
「………あんな基本的な挨拶、公爵家の者なら4~5歳でマスターできている」
「では、先ほどの僕の挨拶に、問題などはなかったのですね?」
「バーンズ夫人から指導を受けていたのだろう!あれくらいできていて当然だろう!」
「………そうですか。ですが僕は今の挨拶を夫人に披露すると鞭で叩かれます。明確な改善点なども教えてもらえず、公爵家の者であればもっと優雅でなくてはらない。奥様であればもっと滑らかな動きだった。そんなことしか言われず、何度もやり直しを言われるのです。そのたびに鞭で叩かれる。そんなことを繰り返す人が、貴方の言う、素晴らしい人、ですか?」
「んな!バーンズ夫人が、そんなことをするはずがないだろう!お前はあの人を陥れるために、我が儘ばかりではなく、そんな嘘までつくのか!」
どうしてもユエルの言うことは嘘にしたい、バーンズ夫人をずっと庇い立てるエイデンに、そろそろ嫌気が差してくる。前世を思い出したことで、精神年齢がグッと引き上げられている気がして、大人気ないかもとは思うが、きっとこのまま成長しては碌な大人にならない。途中で教育されるかもしれないが、そういうことは早ければ早い方がいい。
「どうして嘘だと決めつけるのですか?」
「お前は昔から嘘ばかりついて、使用人達を困らせていたじゃないか!そして事あるごとに誰をクビにしろ、自分に近づけるなと我が儘ばかり…そんな奴の言葉をどうやって信じるんだ!」
「……以前の記憶が曖昧なので、確かなことは言えませんが、兄上は実際にそれを確認したことはありますか?僕が言ったことに対して、本当か直接確かめたことは?」
「…直接確かめるまでもないだろう。お前が嘘をついたと皆が言っていたのだから」
「直接見てもいないのに嘘だと決めつけるのは、貴族にとって致命的では?冤罪を生みかねませんよ。………例えば兄上は、領民が、あの家の人が盗みを働いた。みんなが見ていたから間違いないと言ってきたらどうしますか?」
「?皆が見ていたのだろう?であればそのものは処罰しなければ。正当に裁くのは貴族の勤めだ」
「もしそれが、周囲の人が共謀して、一人の人を貶めるためのものだったら?」
「…そんなこと、する訳が」
「無いとは言い切れませんよね?周りが言っていただなんて、口裏を合わせればなんとでもなります。人が言うことを信じることは大切ですが、それだけでは冤罪を生みます。もしかしたら本当に盗みを働いたのかもしれませんが、報告をしてきた人に脅されていたとしたら?人質を取られていたら?一人に全ての罪をきせていたら?………人の言うことだけを鵜呑みにするのはとても危険なことだと思います。人を裁くことのできる立場であるのなら尚の事………」
そう話すとエイデンは黙り込んでしまった。
きっと7歳のユエルが話すような内容では無いだろう。身近な大人が教えなければいけなかったことなのだろうが、それがバーンズ夫人によって歪められてしまった。
大人気ないのではと思わなくもないが、7歳という幼いユエルが今までずっと耐えてきたのだと思うと、少しくらい意趣返しをしても良いと思うのだ。
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