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わずかに緊張して無意識に唇をぺろりと舐めながら歌う曲を考える。そして選んだ歌は先程までのちょっと暗い雰囲気を払拭するような、明るい雰囲気の歌だ。前世では好んでかなり歌っていた曲なので、今の自分の背中を押してくれるのではないかと思って選んだ。
それは正解だったようで、声量はあまり出ないが音程や気持ちの乗せ方も思っていた以上に変わらず歌えている。
「〜〜〜♪」
(気持ちいい)
優月の時は歌っていない日は無かったと言えるほど毎日親しんできた。それが転生してきてからは歌う暇もなく、理不尽な目にあってきたのだから、久しぶりに思い切り歌えるのだから気分も良くなる。
一曲歌いきった時には息切れを起こしていたが、清々しい気持ちでいっぱいだった。
「見事だな。今の歌はどうやって知った?」
「知ったというか、頭の中で、えーと、思い浮かんだ?」
感心したように話す父上の言葉に、まさか前世で歌っていた曲ですと言うわけにもいかないので、何となく嘘でも無いような言葉を選んで伝えてみる。
「ふむ。他にも同じように思い浮かんでいる曲があるのか?」
「…あります」
「………。そうだな、これならば宮廷楽士を目指すというのもお前の言う選択肢に加えよう。但し、公爵家の者として、勉学や魔術、礼儀作法はしっかりと学んでもらう。当然社交もな」
「ありがとうございます!それで、えっと、剣術は…」
「………宮廷楽士には必要ないだろう?」
「えっと、選択肢は多いほうが良いと思いますので!騎士になるとか、魔術師になるとか、宮廷楽士になるとか!」
せっかく感覚的には異世界来たというものなのだから、学べるものや体験できるものはしておきたい。
「………はぁ、わかった。しかし、やると言ったからには本気で取り組んでもらうぞ」
「はい!」
「一先ずは第一王子殿下の誕生日パーティーには必ず参加しなさい」
「うっ、わかりました」
だが第一関門突破と言えるのではないだろうか。貴族というものは大体が当主(父上)の言うことが絶対だというイメージがある。だがやはり日本という国で自由奔放な生活を送ってきたのだから、自分の将来は自分で決めたい。
そこでふとハムザとエイデンが静かなことが気になり、チラリと視線をやってみると、ハムザは相変わらず何を考えているかわからないが、エイデンはぼんやりとちょっとぽやぽやしたような表情になっている。なんだかそれ以上見ていてはいけないような気がしてそっと視線をもとに戻す。
「えっと、お願い事はそれで全部です」
「それだけでいいのか?元から教育を受けさせようと思っていたものに学ぶものが追加されただけのような気がするが」
「うーん、でも今はそれ以外に思い浮かばないので…」
「ではまた必要なものがあれば話してみなさい」
「はい、ありがとうございます」
話しが落ち着いたのを見計らってか、ようやく夕食が運ばれてくる。食べてから話そうと思っていたが、エイデンがバーンズ夫人について早々に聞いてきたので、使用人たちもいつ運べば良いのか迷ったことだろう。
(今までも迷惑かけてただろうし、いつかお礼したいな)
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