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そんな穏やかな昼を過ごし、これからも頑張ろうと思えた次の日の妃教育で問題は起こった。 「ですので、笑う時は扇等で口元を隠してくださいませ。いつ如何なる時も上品に、優雅さを心がけてください」 昨日偶然にもノアと笑って話している姿を見たとかで、授業が始まって早々に指摘されたのが笑い方だった。 「どうして口元を隠さないといけないんですか?」 「下品に見えるからですわ」 さも当然とばかりの返答は、ユエとしては当然納得出来るものではなく、自然とムッとした表情になってしまう。 「そのように不満を表情にも出してはいけませんわ。どのようなお話しであっても微笑みを絶やさず、情報を集める必要があるのです。妃とは殿下を補佐する役目があります。茶会を開くのもその手段の一つですわ」 「……不満を表に出してはいけないことも、情報を集めなければいけないことも理解できます。しかし自然に笑ってはいけないのはどうしてですか?」 「自然に笑うなとは申しておりません。普段から大きな口を開けず、大きな声で笑わないよう気をつけていれば、自然と優雅な笑みを身につけることが出来るのです」 「それは自然な笑みではなく、作られた笑顔でしょう?なにも常に周囲に丸聞こえのような大声で笑うとは言っていません。口元を隠す必要性がわからないだけで……」 このように堂々巡りのようなやり取りが続いており、げんなりとしてきてしまう。 「にっこりと微笑む程度であれば口元を隠さなくとも良いでしょう。しかし僅かでも笑い声が出るようなものであれば口元を隠す必要があるのです」 「……下品だから?」 「えぇそうですとも」 「………では先生は殿下方の笑い方が下品だとおっしゃるのですか?」 「そのようなことは申し上げておりません」 「どうしてですか?昨日はリアム殿下も一緒に、僕と同じように笑っていたんですから」 「殿下方と貴方では立場が違うのです。貴方は将来王子妃になるのですから、完璧な淑女を目指さなければなりません」 「王子妃になるのだとしても僕は男ですよ?なぜ淑女を目指さなければいけないのですか?」 必殺と言っていいかは分からないが、幼子特有のなぜなに攻撃とでも言っておこう。小さい子のなんで?どうして?と何に対しても疑問を持つ時期が当然妹にもあり、聞かれまくった時に苦労した覚えがある。その時の純粋な瞳で見つめられながらだと、下手な嘘もつけないもので、年齢差がそこまでない、あまり頭も良くなかった優月はかなり対処に困ったものだ。 「…男であっても妃になるのですから淑女でなければ」 「なぜ?淑女でなければならないなら、初めから妃になるのは女性だけと決めればいいでしょう?そうしなかったのであれば、淑女でなくてもいいということでしょう?それに、僕は男だから言うなら紳士なのでは?」 なんなら女性であっても完璧な淑女でなくても良いとさえ思う。女性でも仕事で活躍したい人、得意な人がすればいいし、男性でも家事や裁縫などの細かな作業が得意な人はそれをしたらいい。なぜ男だから女だから、妃、子どもを生む立場だからと行動を制限されなければならないのか。きっとこの感覚は現代日本で生きてきた優月が培ったものなのだろうけれど、いずれはこの世界でも、みんながもっと自由に生きることが出来たら良いと思う。
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