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「ふぅ……」 ついつい息が漏れ出るが、きっと自分の都合のよい事しか報告しないだろうことが予測できるので、自分で出来ることはしておかないといけない。幸いにも授業といえども高位貴族の者が家族以外と二人きりになることは好ましくない、尚且つユエルにはバーンズ夫人という前例があったため部屋には侍女が二人も控えていた。 「ねぇ」 「?何でございましょう」 「2人で今のやり取りを覚えてるものだけでいいから、書き出してくれないかな?」 前世で悪徳ライブハウスに捕まって、押さえていたはずのステージを聞いてないの一点張りでおじゃんにされた事があった。なのでそれ以降は絶対にその場でしっかりと第三者に立ち会ってもらい、書面で残すようにしていた。特に今回のような相手が適当なことを言いそうな時は書面に残すことが一番だ。 「このような内容でよろしいでしょうか?」 ざっと目を通すが淑女でいるために笑う作法を指摘されたこと、それに納得がいかず説明を求めたが明確な返答が得られず押し問答になったこと、教師は些末な問題だとノアに相談することを否定したこと、そして口答えするような者がノアの婚約者で可哀想だという発言があったことなど、重要だと判断されそうな点を要約し、分かりやすく纏められていた。 「うん、ありがとう。最後に内容を強制されて書いたものでは無いと一筆書いてもらって、サインもお願い。僕も最後に書くね」 内容に加筆してほしい所がなかったのでそう返すと一瞬驚いたような表情が浮かぶが、すぐにそれらは隠される。かなり熟練の侍女を付けてもらっていたのだと思いながらも笑顔でサインを書くよう促す。きっと7歳の子どもがここまで念入りに証明する為の書類の作成を考えるとは思わなかったのだろう。まぁそんなことはどうでもいいので、あと考えなければいけないのは保管場所なのだが、いっそのことノアに託そうか。 今世でも楽しく歌って過ごそうと思っていたのになぜこんなにも煩わしいことが多いのか。いやきっとノアの婚約者になるという選択をしたからなのだろうが、婚約者になったことは後悔していない。一緒にいて楽しいし、落ち着く。さらっと甘い言葉を吐いてくる時は本当に7歳かと驚くからか脈が早くなったりはするが、うん。驚いたからだろう。前世を含めて言われ慣れてない言葉に耐性がないので、ほら、うん。……まだ恋愛感情での好きだと言えないが、確実に好意は抱いている。今の関係を二人が納得して築いているのに、それを他人にとやかく言われたくない。自身の行動が制限されることも好きではないが、あの教師に腹が立っている一番の理由は、ノアに相応しくないとでも言いたげな顔をずっとしていたからなのだろう。 (考えるのが嫌になってきた) 「次の授業の時間まで庭を散歩してきます」 「お供いたしますか?」 「いえ、いつもの庭園に行きますので大丈夫です」 こういう時は体を動かしたほうが良い。綺麗な花を見て気分転換しなければ。
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