705人が本棚に入れています
本棚に追加
庭園に出てきて、無心で奥の方を目指す。周囲に人の気配がない、あまり人もこなさそうなところを無意識に探していたようで、気がつけば周りは背の高い木ばかりがあり、花の姿はほとんど無い。
そこでようやくなぜこんなにもイライラするのだろうと考えてみる。前世ではイライラした時どうしていたのだったか……。
「あぁ、自由に歌えてないからか」
最近は昼食の時にノアのために歌っているが、体調のことを気遣って大人しいメロディーのものばかり歌っていた。アップテンポの歌が得意なのにも関わらず、だ。妃教育が始まる前は自宅の庭を散歩しながら歌うこともあったが、今は忙しくてそれも出来ていない。
そもそも歌うことで生計を立てていこうと思っていたのに、今は逆に音楽から遠ざかってしまっている。歌の魔法だなんだと言われているが、攻撃的な思想を持っている訳でなく、ただ大勢の人が元気になれば良い。自分の歌を好きになってほしい、力になればいいと思って歌っていたのだから、そこまで我慢しなくても良いのでは無いだろうか。
「すぅーーーはぁーーーーー………。何かが、消えるおーとがーしたー♪夢のなーかへと とーけるーみたいー♪」
はじめは比較的ローテンポで、徐々にアップテンポへ、心の叫びのように激しく、しかし時折慈しむかのようにローテンポへ。
(やっぱり心のままに歌うのは気持ちがいいな)
前世の感覚とは全く違う少年特有のハイトーンボイスは、青い空を抜けていくかのような伸びやかさがあり、この声が何処までも届くのではないかと錯覚させる。それとともに心の淀みが流れていくかのような感覚になる。
そうして一曲を歌い終わる頃には、先程までのイライラや、腹立たしさが何処かに消えていた。
(やっぱり僕には歌が必要。中毒みたいだ)
そのままぼんやりと空を見上げていると、誰もいないと思っていたのに拍手が聞こえてくる。最近こんなことが多い気がして、なんならその相手は大抵ノアだったりするわけで、そっと振り向いてみる。するとそこには案の定ノアがいたのだが、予想と違ったのはその後ろには見たことのない男の子が二人いたことだ。
「………何でいるの?授業は?」
「それは私のセリフでもあるんだけどね?」
単純な疑問を尋ねたつもりだったのだが、ノアにそう返されると、確かに、と納得してしまう。そんな思いが顔に出ていたのだろう。ノアにクスクスと笑われてしまう。
「私は今日は側近候補達との交流が主な目的でね。といっても、幼馴染だから散歩をしながら最近お互いが学んでいる内容とかを話していたくらいなんだけど」
「そうなんだ。側近候補……なんだか大変だね?」
側近と聞いて、普段同じように話しているが、やっぱりノアはお偉いさんなんだと実感する。そして候補ということは他にも何人かいて、選ぶ立場にあるのだということも。
最初のコメントを投稿しよう!