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「記憶障害とお聞きいたしましたが、立ち居振る舞いは及第点といったところでしょうか」 そう話すのは元々母親が輿入れするまで侍女をしていたというバーンズ伯爵家に嫁いだ夫人だ。この人がまぁ厄介なもので……。 「こんな赤子でも知っているようなことを……奥様がおられたらさぞ嘆き悲しむでしょう」 「失敗したことは体で理解しなければなりません。授業が終われば治療いたしますのでご安心なさい」 「簡単でも治癒魔法が使えるということは貴重なことなのですよ」 とそんなことをつらつらと言いながら鞭で叩いてくるのだ。びっくりするのと痛いのとで悲鳴を上げると『はしたない』と言って更に叩かれる。授業が終われば言っていた通り治癒魔法で治され痕は残らない。さりげなく治癒魔法が使える自分は凄いのだとマウントも取ってくる。 鞭で叩くのはこの世界の常識なのかとも思ったが、他の教師はそんなことはないためバーンズ夫人の憂さ晴らしの可能性が高い。バーンズ夫人はことあるごとに『あなたのお母様は素晴らしい方でした』『貴方がお母様の命を奪ったのですよ』『お母様のようにならなければなりません。それがせめてもの償いです』と話すため的外れではないはずだ。 授業を受けて3日目になるが、いつも付き従ってくれるバスチアンも集中の妨げになるからと毎回部屋から出されてしまうし、治療後は痕が残らないため訴え出ても勉強が嫌だからと嘘をついているとバーンズ夫人に言われてしまうのが落ちだろう。しかし痛いのは嫌だしずっと自分が知らない母親と比べられるのにも嫌気がさしてきた。自身より高位の貴族子息に手を上げるが証拠を残さない狡猾さも反吐が出る思いだ。 ずっとバハル家子息の教育を任されてきたと言っていたため、エイデンがユエルを憎むようになったものバーンズ夫人のせいかもしれない。そんなバーンズ夫人に兄たちも教育を受けているため、鞭で打たれたと言っても兄たちはそんなことをされていないのならば、ただのユエルの虚言だと周囲の人たちは思うだろう。 (でもずっと鞭で打たれるのも、自分を否定されるのも嫌だし……) 今までのユエルだったらどうすることも出来ずにただ耐えるしかなかったのだろう。もしかするとこれも性格が歪んでいった一つの要因かもしれない。授業の事を思い出そうとしただけで恐怖心が出てくる程なのだから、トラウマと言えるかもしれない。 でも今は優月であった時の知識や常識があるためどうにかできるかもしれない。いや、今の環境から脱するためにどうにかしなければ。
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