第一章

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第一章

目を閉じて、イヤホンから流れてくる会議の音声に耳を傾けていた。 普段なら車での移動だが、渋滞に巻き込まれていて到着までに時間がかかると秘書の高澤(たかざわ)が言った。 駅の近くにいたこともあり、それなら電車でいいとバッグを受け取り電車に乗り込んだのだ。 トントン。 スーツの左袖に、誰かが軽く触れた感覚があった。 何だろうと目を開けて左側を向くと、隣に女性が座っていて、俺が膝に乗せたバッグのあたりを指さしている。 「あっ・・」 黒っぽい液体が、ツーっとバッグの表面を流れていた。 ・・まずい、コーヒーが! バッグの上に乗せていたタンブラーの蓋が少しずれていたようだ。 大量ではないけれど、徐々に漏れていたことに気がつかなかった。 困ったな・・。 拭き取るにも、膝の上に倒して置いているバッグを動かすと、バッグの端まで流れているコーヒーが床にこぼれてしまいそうで、ハンカチやティッシュを取り出せずにいた。 「これ、良かったらどうぞ」 対処できずに固まっている俺を見かねてか、隣の女性が小さなタオルを差し出している。 でもコーヒーを拭いてしまったら、もう使い物にならない。 「でも・・これコーヒーなので・・」 「いいんです、早く拭かないとスーツにこぼれてシミになったら大変ですから。・・どうぞ」 にっこりと微笑んだ笑顔にみとれ、考えるよりも先に俺は女性からタオルを受け取っていた。
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