歌うまいやつ

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歌うまいやつ

じっとタブレットを見るめぐ。 イヤホンしてるから俺に気づいてない。 よく見たら、ちょっと目が潤んでる。 画面を覗き見ると、 最近いろんなところで流行ってる歌のようだ。 でも、歌っているのは歌い手と呼ばれる男。 いわゆる“covered by”のたぐいだ。 そして、そいつは男の俺から見たら、 まぁほんとに平凡な感じの男だ。 まぁそれはいいとしても、 全っ然めぐのタイプではない。 でもじっと見つめて、うっとり聞いてる。 「めぐ」 なんかイラっとして後ろから大きい声で呼ぶ。 「あ、ふうと君おかえり」 後ろからギュっと抱きしめると、 とろけそうな笑顔になる。 可愛いな。 「何聞いてたの?」 わざと耳元で、息をかけるように問いかける。 めぐの耳に熱がこもるのがわかる。 いまだにこんなことで照れちゃうわけ? 「あ、うんこれほら、流行ってるでしょ?」 「本人じゃなくて、カバーの聞いてるの?」 「うん、なんか歌うしぐさとか声が良くて」 さっきまで溶けていためぐの視線が、 また画面の中の男に戻るのが気に入らない。 知ってる。 だってめぐには、歌い方にはまるときがあること。 何がいいのかわからんけど、 たまらなく好きになることがあるみたいだ。 俺は、めぐの前で歌ったことない。 そんな機会なかったから。 「へぇ」 そう言ってめぐから離れて、 冷蔵庫を開けて麦茶を出す。 コップに注がないで、 ペットボトルから直接口に流し込もうとすると、 勢いあまって、口から少しあふれてしまう。 「あぁもう」 それを見ていためぐが、 急いで立ち上がって、タオルを持って 俺に近ずく。 俺の服や、口元にタオルをあてる。 「もう大丈夫だって」 俺は単純だ。 めぐに触られたところから、 熱を帯びてしまう。 ギュっと抱きしめてそのあとは…。 一通りめぐをむさぼった。 世に言う賢者タイムに、 何気なくつけたテレビから、 さっきの歌が聞こえてくる。 思わず俺も口ずさむ。 すると、めぐがモゾっと俺の腕の中で動いて、 歌う俺を見上げる。 しばらく唇を見つめた後、 めぐがおずおずと口を開く。 「あのふうと君、もう一回?いい?」 何それ?(笑) 「それは歌のこと?それとも—」 そう言ってにやりとめぐを見つめる。 ちょっと照れたように、はにかんだ後 「りょ、両方…。」 とつぶやく。 「バーカ、後悔すんなよ」 そう言って、俺はまためぐにはまっていく。
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