序章 前口上

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「そこで、ソーイチにお願いがあります」  上海を離れるにあたって英吉利総領事と話し合ったところ、記念に聡一一座を招いて奇術を披露してもらえないかという話になったらしい。 「それは上海で興業をするってことかい?」 「Of course. お金の心配、何もないです」 「って、ことは……」  必要経費、並びに報酬は全て請け負う、英吉利総領事館とカーター商会合同の売り興行の誘いだった。  長年の念願だった上海興行の誘いに飛びつかないはずはない。しかも、興行主は身元がしっかりしている親戚関係のウィリアムだ。おまけに後ろには英吉利大使館もついている。 「も、もちろん、返事は決まっている。OKだよ!」  普段なら何かあれば付け人の箕田を交え、一座で話し合って決めていた。しかし、この時ばかり聡一は、二つ返事で決断してしまう。  そばでやり取りを通訳していた志乃の表情が徐々に曇っていくのも気づかずに。 「Thank you. ありがとう、ソーイチ。恩に切ります」  男同士熱い抱擁をして、契約は結ばれた。詳細は追って連絡するとウィリアムはほくほく顔で六甲山へと帰っていった。
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