駆けつけし先で得るは

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駆けつけし先で得るは

 瀬戸優矢は悩んでいた。結局まだ雪治と話し合えていないまま、社会人生活が始まってしまった。チャットで和解のようなことはしたものの、互いに忙しくて会えていない。ちゃんと会って話して雪治の抱えているものを知りたいのに、新米弁護士は休んでいる暇がなさすぎた。1日12時間労働と休日出勤が当たり前の日々が、プライベートで人と話す機会を奪っていく。  今度の休日こそ、今度こそ。そう思っている間にあの日からもうひと月が経とうとしていた。このまま疎遠になってしまうのだろうか、なんて危機感を抱き始めた優矢を見越したように、明日の休日出勤がなくなり、その上いつもより早く退勤することができた。今しかない、今日しかない、と優矢は雪治の家へと走った。  それでもそれなりに遅い時間だが、「寝ていようが外出していようが入っていい」と言っていた、かつての雪治の言葉に甘えて優矢は彼の家を目指し電車を乗り継いだ。彼はあまり運動が得意な方ではないが、早く行かなければならない、と最寄り駅からは体力の限り走って向かった。  優矢が雪治の家に着いた時、駅から大した距離ではないはずなのに酷く遠く感じるほどには強い焦燥感に駆られていた。郵便受けの中に手を突っ込み、無用心に貼り付けられている鍵を掴んで門を開ける。敷地の広すぎる家に小さく文句を吐きながら玄関を開け、下駄と雪駄の数を確認する。  雪駄がひとつ足りない。外出しているのだろうか。また夜遊びか、と一瞬考えた優矢だがすぐにそれは違うと確信した。電気だ。廊下が明るい。雪治に限って電気を消し忘れただけということはないだろう。雪治は何故か雪駄を持ってどこかの部屋にいることになる。  優矢は雪治が曲がり屋の1番奥の座敷のひとつ手前、彼の寝間にいると確信していた。玄関からその部屋は見えないが、きっと雪治はそこにいる。優矢はまた走り出す。長い長い廊下を、何度か転びそうになりながら駆け抜ける。今行かないと後悔する、今会わないと、という使命感で走り、勢いよく寝間の障子戸を開けた。  肩で息をしながら、優矢はその場に膝をついた。雪治は確かにそこにいた。だが優矢が雪治の姿を見られたのは一瞬だった。彼が障子戸を開けたその瞬間、雪治は常夜灯のような暖色の光に包まれて姿を消してしまった。優矢は愕然とした。あまりに信じられない光景だった。  ちょっとした怪我が瞬時に治るだけでなく、光に包まれて姿を消すなど、明らかに人智を超えている現象だ。優矢は雪治がいわゆる"視える"タイプだと知っていた。故に、一気に不安と心配が押し寄せた。  それと同時に、己の無力さを突きつけられる。優矢は友人の雪治の言うことは信じているが、視えたことも聞こえたこともない。友人の抱えている何かを欠片も共に背負えないだろう無力な己に、空のはずの胃から何かが迫り上がってくるような不快感を覚えた。  ぜぇはぁと荒いままの呼吸を繰り返しながら、優矢はつい先程まで友人のいた場所を呆然と見つめ、それから祈るように目を閉じて彼の名を絞り出した。  「雪治……」
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