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「エリザベス様は城下へ出かけるのがとてもお好きな方でして。王都でも城にいる方が少なかったようなお方です。俺が護衛騎士の一人なものですから、あれは護衛としての仕事です。あの日は温浴場へ行きたいとおっしゃったので、もう一人侍女もいたのですが」
もう一人には全く気づいていなかった。そういえばあの日、温浴場の湯気の向こうに美しい金髪の女性がいたような……あれって、もしかして……。結婚パレードで見た花嫁に似ていたような気もしてくる。
新しい町にやってきてこっそり城下の温浴場に通うくらいの人ならば、なるほど吟遊詩人たちが詠った通り、強かな領主と似合いの夫婦かもしれない。
「以前聞かれた時は周りに大勢人がいましたから、エリザベス様のこういった話をするのは憚られまして。いずれは城下の方も知るところになるでしょうが、正式な婚姻前なので慎重になってたんです」
「じゃあ、オスカーさんの想い人というわけでは……」
「全くないです。主君として敬愛はしていますが、それ以外の感情は一切ありません」
そう言い切ったオスカーは、ふ、と一つ息を吐くとフローラの顔をもう一度正面から見た。
少し表情が緩む。そして低い声でボソッとつぶやいた。
「……かわいい」
「は、はいっ」
フローラが弾かれたように返事をすると、オスカーはまたあわてた顔で口元を手で覆った。
「うわ、……いま、俺、無意識に言ってました。その、あまりにもホッとした顔をされているのが、かわいすぎて……」
「あっ、ありがとうございます……?」
「いや、これダメですね。ちゃんと言います」
オスカーは腰掛けたまま居住まいを正し、フローラを真っ直ぐ見つめた。
「俺、あなたが好きです。よければお付き合いをしていただけませんか?」
「はいっ、私も、好き、大好きです!」
子供みたいな言い方をしたと、フローラは恥ずかしくなったが、オスカーも似たようなものだった。恥ずかしさと嬉しさでどんな顔をしていいかわからずに、フローラは俯いて、震える声で小さくつぶやいた。
「よ、よろしく、お願いします……」
心臓が跳ねるようにバクバクと鳴り続けている。
ためらいがちに大きな手が背中に回されて、そっと花束を抱えるように優しく引き寄せられる。
フローラは胸に顔を埋めたまま、自分もおずおずと手を広い背中に回してみると、今度はぎゅっと抱きしめられた。少し埃っぽい外の匂いが、鼻をくすぐる。
(ああ、とてもあたたかくて、すごくうれしい……)
フローラも同じように抱きしめ返す。あたたかな体温に徐々に気持ちが落ち着いてくる。座り込んだまま抱きしめ合っていると、うるさい心臓の音はどちらのものかわからなくなった。
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