Chapter1:アスペルガーの主人公

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Chapter1:アスペルガーの主人公

1 孤独 7月初旬の夜、派遣先の物流会社にて。 「いつもわりいな、この荷物運んどいて」 「それじゃ、俺のも」 同世代の若い男2人が、荷物が積まれた台車を俺に預け、楽しそうに笑いながら平然と外にタバコを吸いに行った。今は勤務中だが、こいつらはサボりの常連なのでお構いなしだ。 その態度に内心イラッとしながらも断りはせず、俺はいつものように奴らと自分が担当する段ボールの山を、行き先別に仕分ける作業に黙々と取りかかった。 ここは東京の大田区にあるそこそこ有名な物流会社で、毎日大量の荷物が運ばれてくる。俺たち派遣社員の仕事は、トラックから下ろされた籠車(かごしゃ)や台車に載っている段ボールを、京都や名古屋といった遠方の行き先別に分かれたブースに置き、また次の荷物を取りに行くというループを繰り返す肉体労働だ。倉庫内をひたすら歩き回るため、今のような夏場では汗がひっきりなしに出て気持ちが悪い。そして何より、長時間の"運動"で足が棒になる。体力のない俺にはかなりキツい仕事のはずだが、それ以上に過度なコミュニケーション能力不足のため、人間関係が少ない職場を選ばざるを得なかった。 これだけの労働をこなしても時給は1100円で、東京都の最低賃金をわずかに上回る程度。おまけに毎回のように、同じ派遣会社の奴らのパシリにされ、他人の分まで無駄に働かされる。一方、上の責任者は見て見ぬふりなのか、何も注意はせずにほっぽらかしだ。 「ふう。やっぱきっついわ。俺、この仕事辞めてえ」 俺は大阪の荷物置き場に座り込み、溜め息をついて今後の人生を悲観していた。 俺の名前は黒住爽(くろずみそう)、26歳。『シャイン』という派遣会社に所属していて、月曜日から金曜日の13時〜22時のシフトでこの物流会社で働く。夜にもトラックは何台も到着するので、作業は沢山あるのだ。 俺は発達障害の一種である、『アスペルガー症候群』という障害を抱えている。アスペルガーは対人関係が苦手で、こだわりが強いという特性を持つ。それ以外にも感覚が過敏で、大きな音が苦手だったり、人に触れられるのを極度に嫌がるなどの特徴がある。
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