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「何……だと?」
『死刑執行の猶予』だと? こいつは何を言っているんだ?
「あなた、2991号さんですね?」
床に転がるオレの顔を、教誨師が椅子に座ったまま見下ろしている。
「2991号さん。拝読させて頂いた判決文によりますと、あなたは12年前に盗みに押し入った先で一家4名を惨殺する事件を起こしたとか。悲惨な事件で新聞でも報道されましたから、私も覚えていますけれどね」
くそが……何をニヤついてやがるんだ? そんなにオレが追い詰められるのが面白いかよ。
「だが残念なことに、あなたは直ぐに捕まり判決は『死刑』。証拠も充分だったので最高裁も上告を棄却、6年前に刑も確定したと。お気の毒ですが、あなたはこれから死ぬのです。……どうですかな、ご気分は?」
「うるせぇ! 『最高の気分です』とでも言えってのか! 嫌だ……オレは死にたくねぇ! あんなゴミみたいな連中を殺したから何だと言うんだ! そんなせいでオレ様が死んでいいハズが無ぇんだよぉ!」
「ならば」
教誨師が、再びの冷たい笑みを浮かべる。
「『死刑執行の猶予』を選択なされては?」
繰り返される、謎の問いかけ。
「死刑の猶予だと?」
半ば諦めていた生への執着が、その一言に大きく揺り戻す。
「出来るのか? そんなことが!」
もし、できると言うのなら。
「無論、正規の手続きでは不可能です」
きっぱりと教誨師が言い切った。ああ、普通はそうだろう。そんな話は聞いたことがねぇ。
「何しろ、もう法務大臣の署名も終わってますからね。だがしかし」
ニタニタと浮かべる薄笑いに、策謀の影が隠せていない。絶対に何か裏があるに違いないのだが……。
「『時間が巻き戻れば』話は別だと思いませんか? あなたは、その巻き戻った時間の分だけ『長生き出来る』んです」
こ、この男は何を言っているんだ? 『時間を巻き戻す』だと?
「な、何をふざけた事を……!」
普通なら考えもつかない事だ。だが今は藁にも縋りたい心境なのだ。しかしそんなことが可能なのか?
「ふふ……疑ってらっしゃるようで。あなたが信じるか信じないかは知りませんが、実は私『死神』ってヤツなんですよ。この教誨室にいると、とびっきりの『ドス黒い魂』が簡単に手に入るんでねぇ……気に入っているんです」
教誨師の眼が怪しく光る。嫌らしく開いた口の端は、まるで生肉を目の前にした野犬のような。
「う、うるせぇ! オレを馬鹿にして楽しいかよ! あ? 死神だぁ? だったらなぁ……『やれるもんなら、やってみせろよ』!」
啖呵半分、期待半分だった。いや、期待が9割か。
「くく……いいでしょう。では364日後に、またここでお会いしましょう。最後のもう一度をあなたに」
その瞬間、オレは意識を失った。
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