最後のもう一度を、あなたに

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 次に目を覚ました時、オレはあのひんやりとした独房の中だった。辺りを見渡すが、何処にも看守の姿はない。  まさか本当に時間を遡ったのか。それとも、アレは何かの悪い夢だったのか。 「『最後のもう一度』か……」  少し妙な言い回しだが、『死神』はそう言っていたと思う。  定時の運動の時間となり、オレは他の囚人達と出房した。その途中でオレは新聞の日付を確認する。 「2月12日だな」  確かに、日付は『1年前』。いや、正確にはちょうど1年前のだった。つまり364日前に戻ったことになる。 「マジかよ……」  『助かった』。心の底からそう思えた。崖っぷちまで追い詰められたが、それでも助かる事が出来るとは! 何だか太陽の光がいつもより眩しく感じられる気がする。  くそ不味いと思っていた飯も極上のフルコースに思えたし、カビ臭い布団も最上級の羽毛に感じた。独房の壁は以前と変わらずひんやりと冷たいが、それさえも今のオレにとってみれば『生きているという証』であり、全てが愛おしいものに思えてならなかった。  ああ……これが『生きる』という事か。オレはそのに涙が零れるのを抑えきれなかった。  だが、問題がひとつ。  普通、死刑囚は自分が死刑になる日を知らされていない。大暴れするからだ。……オレのように。  しかし今のオレは違う。看守がやって来る日付を正確に知っているのだ。  否応無しに『その日』は近づいてくる。何も考えないようにしていても時間は無情に過ぎていく。  教誨師が指定した『1年』は信じられないほどあっと言う間に過ぎて行った。  そして運命の『2月11日』がやってくる。 「囚人番号2991号。出房だ、出ろ!」  きっかり朝の10時、オレの独房前に4人の看守が立ち止まった。 「出ろと言っている。素直に出てこい。面倒をかけさせるな!」  そう、1年前に聞いたセリフだ。 「ぐぉ……!」  オレはまたしても教誨室に叩き込まれた。 「くくく……1年振りですね」  教誨師、いやが心底嬉しそうな顔でオレを見下ろしてくる。 「延長した1年間は楽しめましたかな? ではいよいよ死刑台に……」 「ま、待て! 待ってくれ!」  冗談じゃない! このまま死ぬなんて絶対に嫌だ! 「た、頼む! もう一度猶予できないか?!」 「くくく……『再猶予』をご所望しますかな? 無論、できますよ。ただし」   まるでオレがそう言い出すのを待っていたかのように悪そうな笑みを浮かべている。 「再猶予を繰り返すごとに期間は1日ずつ減るので、今度は36日前になりますけどね」 「うぅ……」  そうか、だから前回は364だったのか。 「なぁに、それでも先延ばし日数が無くなるのは体感として最大で180年以上も先のこと。人間として普通の寿命より遥かに長く生きられますよ」  躊躇するオレに死神が優しい口調で諭す。  確かに『まだ生きられる』ならば、それしか選択の道はない。とりあえず『今すぐに死ぬ』よりずっとマシだ。 「……さ、『再猶予』だ……」  腹の底から絞り出すように、オレはそう宣言した。
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