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「囚人番号2991号。出房だ、出ろ!」
その日は2月11日。きっかり、朝の10時だった。鉄格子の向こう側に屈強な看守が4人、仁王立ちしてやがる。
「ぐっ……! よ、寄るなぁ! オレに近寄るんじゃぁねぇ!」
……この時間の単独出房、それが何を意味しているのか分からないヤツはこの牢獄にはいねぇ。そう、『来るべき日がついに来た』ってヤツだ。
この拘置所へ移送されてからの3年間、そうやって2度と独房に帰って来られなかった連中を何度見て来たことか。他人が死刑台に上がるのは知ったこっちゃないが、今日はオレだなんて……。
冷たい独房の壁に背中を押し付ける。背中にじんわりと冷たい汗が流れるのが分かる。足先から体温が消えてくような感覚。
「出ろと言っているんだ。素直に出てこい。面倒をかけさせるな!」
明らかに嫌そうな顔で、看守の一人が怒鳴りつけてきた。
くそが……! ああ、分かるよ、分かるさ。誰だって他人を死刑台に送る仕事なんて嫌だろうさ! けどよ、そんなに『嫌』だってんなら、来るんじゃねぇよ!
だがオレの想いとは裏腹に看守の持つ鍵束がジャラリと重たい音を鳴らし、鍵穴からカチャリと冷たい響きがした。あれほど迄に『開いて欲しい』と願った鍵が、こんなにも『開いて欲しくない』と思った事はない。
オレの近くに放り込まれてやがる連中は軒並み見て見ぬ振りをしてやがる。ああ、昨日まではオレもそうだったよ。そしていずれお前らにも『その日』が来るんだよ、オレみたいにな!
「引っ張り出せ」
その声を合図に、看守どもが一斉に雪崩込んで来た。
「この野郎! 離せ、離せぇ! 死刑台になんて、絶対に上がってたまるもんか!」
必死で手足をバタつかせるが、1対4では勝負にならない。あっという間に背中側で手錠をかけられ、そのまま廊下を引きずられていく。そしてまるでゴミ箱にゴミでもブチ込むみたいに教誨室へ叩き込まれた。
「くそっ! 何しやがる! オレは教誨師なんぞに用は無ぇ!」
この期に及んで『神様がどう』とか聞かされて何になるって言うんだ? 今さらオレが悔悛するとでも思ったのか!
すると。
「……死にたいですか? あなたは」
薄暗く狭い教誨室、真ん中で仕切られた鉄格子の向こう側に痩せこけた白髪の老人が椅子に座っている。黒い服の袖から伸びる骨張った手の甲。まるで死神のような冷たい視線に、一瞬ぞっとする。
「し、死にたいかって?」
こいつは何を馬鹿なことを聞いてやがるんだ?
「んな訳がねぇだろう! 生きていたい決まってんだろうが!」
怒鳴るオレに、教誨師がにっ……と凍るような笑みを浮かべてこう言った。
「ならばその死刑執行、猶予して差し上げましょうか?」
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